ABEMA TIMESの4/28付けBLOGOS記事「『さらし者』になるパチンコ店 休業要請に応じない店舗の公表にまつわる“嫌悪感”と“法の下の不平等”」にコメントしました。
いずれにせよ、国内の感染は抑制しなくてはいけません。その一つの目安が濃厚接触8割減であるわけですね。
そのためにしなくてはいけないことが、経済活動や教育にともなう人と人との接触の防止ということになりますと、日本経済へのダメージも大きく、いつまでもこれを徹底しているわけにもいきません。
一方で、パチンコや風俗営業は、これをしなかったからといって日本経済に与えるダメージはさほどでもない。そして、これらが三密を含むのであれば、感染の原因となっている蓋然性は高いわけで、その営業を禁止することは全く妥当です。
そもそも、パチンコ屋がクラスターを作っている証拠がないといったからといって、感染者がパチンコ屋に行きましたと正直に話すかどうかは多分に疑問。このご時世でパチンコ屋に行くということは、それ自体非難される理由にもなり得るのですね。
パチンコ屋や風俗営業に対する国民の突き放した見方は、確かにあることは事実だし、これらの営業を禁止する追い風にもなる。少なくとも、そうしたところで世論の批判を受けにくい。
もちろん、国民が白い目で見ているから営業を禁止するというのでは、ただの魔女狩りでしかなく、肯定できるような話ではないのですけど、そこに感染拡大のリスクがあり、営業を停止しても日本経済に対するダメージがほとんどないとなりますと、営業を禁止することに合理的な理由があるのですね。
ここは、パチンコを含む風俗営業には犠牲になっていただきたいと私は思います。これに対して経済的な補償を行うか否かは、その日本社会に対する貢献度によるべきで、少なくともパチンコに関しては、害の方が大きく、補償の必要はないように、私には思われる次第です。
ここにきて、感染防止に非協力的な一部業者が存在したことも、大いにマイナスであったと思いますよ。