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早川忠孝氏の4/17付けBLOGOS記事「名ばかりのオリンピックになるかも知れないが、それでも開催出来れば、よくやった、ということになる」へのコメント

早川忠孝氏の4/17付けBLOGOS記事「名ばかりのオリンピックになるかも知れないが、それでも開催出来れば、よくやった、ということになる」へにコメントしました。


宜しいのではないでしょうか。何も好条件の中で開催することだけが理想的なオリンピックではない。たとえよれよれの大会であろうとも、悪条件に打ち勝って開催にこぎつけたなら、それはそれなりの価値がある。ネバーギブアップの精神ですよ。苦難に打ち勝つ、これぞスポーツの極みじゃないですか。

オリンピックは参加することに意義がある、なんて言葉もありましたけど、開催しなければ参加することすらままならない。開催することには、参加すること以上の意義があるはず。それに、如何にドツボな大会であろうとも、メダルはメダル。金色のものは金色に輝くのですね。

ここは、チャレンジ精神を発露すべき局面じゃないでしょうか。それがいかにチャレンジングな目標であろうとも、ですよ。

それに、何もないよりは、いろいろあった方がドラマになる。オリンピック、たぶん、否定的ドラマというよりは、共感と感動を呼ぶドラマになると思いますよ。こんなチャンスを逃しちゃいけない。まあ、普通の報道に関わる人々ならそう思うだろうし、受け手だって、これを期待しているのだと思いますよ。

ここは、やらない手はありません。

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