澤田哲生氏の11/26付アゴラ記事「系統用蓄電池の問題点とはなにか?」へのコメントです。
災害の防止も一つの学問領域で、「安全工学」などと呼ばれております。青島賢司さんの書かれた「災害防止科学」は、非常に古い書物ですが、あちこちの図書館に蔵書が置かれております。この書物の面白いところは、様々な災害をもたらす原因(ハザード)を「エネルギー」という視点でくくっているのですね。
つまり、災害とはエネルギーの意図しない放出であり、様々なエネルギーの形態別に、様々な事故が起こり得るわけです。高所であれば高い位置エネルギーを持ち、墜落すれば大きなダメージを受ける。高速走行車両は大きな運動エネルギーを持ち、高電圧ラインは高い電気エネルギーを持つ、というわけです。リチウム電池は高い化学エネルギーを持ち、その予期しない放出は、大きな災害を招くのですね。
ならば、エネルギーを扱わなければよいか、と言えばそういうことにもならないのが現実です。エネルギー密度が高いから、それは優れた電池になる。同じことは、エネルギーを販売して利益を得ている電力事業全般に言えることで、大きな利益を得ようと思えば、大きなエネルギーを扱うしかない。核エネルギーなど、その最たるものなのですね。
そして、大きなエネルギーを扱うから、すなわち危険である、ということにもならない。それぞれ適切な対応を取っておれば、核エネルギーでもリチウムの化学エネルギーでも、これを安全に扱うことができるのですね。要は、それを安全に扱うためにはどうすれば良いかということを、きちんと考えなくてはいけない。
リチウム電池、特に据え置き型の二次電池システムに関して、このあたりのことがきちんとなされているか、はなはだ疑問であるように思えます。大きな災害を防止するためには、危険物の保管量は上限を定めて、それ以上は分離しておかなくてはいけない。そうしたことがきちんとなされているのかが、大いなる疑問であるわけです。
(続きです)そもそも、据え置き型の蓄電システムにリチウム電池を使わなくてはならない理由は、あまりないように思えます。リチウム電池の特徴は、重量当たりのエネルギー密度が高いことで、自動車用の電池としては優れているけれど、据え置き型にこの特性はさほど要求されないのですね。
重量増を許せば、ニッケル水素電池もある、レドックスフロー型の電池もあり得る。にもかかわらずリチウム電池を使う理由は、そこにリチウム電池があるから、ではないのかな。特に劣化したリチウム電池があれば、これを使うのが安直なやり方なのですね。でもその代わり、火災のリスクを負うしかない。
結局のところ、リチウム電池を使うなら、新品だろうと劣化品であろうと、保存数量を定めて火災時も他から切り離して安全に消火できるようにすること。少量なら、水をかけても大丈夫なのですね。黒色火薬だって、少量なら線香花火になるのですから。
そして、劣化リチウム電池はリサイクルに回す筋道をきっちりつけておくこと。蓄電技術は、きちんとした形で技術開発をしておくこと。当然、安全性にも配慮されなくてはいけません。高いところに重量物を持ち上げる重力蓄電や、深海のタンクに空気を送り込む圧力蓄電も面白そうです。いろいろな技術を比較検討することです。
蓄電技術は、自然エネルギーだけに必要なものではありません。かつて原発比率が高かった時代には、重力蓄電の一種である揚水発電が多く行われたものです。数十年後、原発と核融合が主な電力源になる時代には、再び蓄電技術が必要になる。今からこれに取り組んでおくことは、電力会社にとっても、決して損なことだとはないと思うのですが。
他の方がコメントしておられますが、電池以外に水素や、さらに安全なメタンガス、あるいはエタノール(これが一番安全)に変換して余剰電気エネルギーを蓄積するという手法も一考に値します。
余剰電力から水素を作るには水を電気分解すればよく、温度を上げるとより低いエネルギーで電気分解できます。安定化ジルコニアなどの固体電解質を用いて、数百度で水蒸気を電気分解するのが最も効率的だと思います。
水素は燃料電池で高い効率で電力に戻すことができますが、液化温度が低く、長期間の保存には向きません。余剰水素が多い場合は、これを炭酸ガスとの反応(メタネーション)により、メタンに変換し、これを都市ガスとして供給するほか、液化天然ガスの形で保存する手法があり得るでしょう。
さらに、メタンに炭酸ガスと水素を反応させれば、エタノールを合成することもできます。エタノールは、常温で液体で毒性も低く、水と混ざり合うため火災の際の消火も容易です。さらに、自動車燃料にそのまま使えるほか、酸触媒で脱水すればエチレンが得られ、合成化学原料にもなるのですね。
こうしたプロセスは、集中処理が好ましく、各発電事業者は直流電力網に給電し、中央で電気分解や水素からの電力生成や燃料変換を行えばよいでしょう。その際、電力需給に応じて電力単価を調整すればよい。直流給電の場合、これを電圧で行うことが最も簡単で安定した動作も可能です。こういった総合的な電力システムも、どこかで検討する必要があるでしょう。