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政策論議には中立的立場が肝要

中村仁氏の2/1付けアゴラ記事「専門家の知見が有権者に届かず、目先の生活感覚による投票へと誘導する政治」へのコメントです。


(消費税減税は)「食料品支出額が大きい高所得層がより多くの利益を得る」などの問題点を学者は指摘します。私も同感です。……
……
……物価上昇を取り上げる場合でも、「インフレによる税の増収という『インフレ税』を政権は導入し、国民生活に犠牲を強いている」という指摘を常時するようにすれば、世論の風向きも変わってくるでしょう。

この議論、ちょっとおかしくはないでしょうか。減税による価格低下が「食料品支出額が大きい高所得層がより多くの利益を得る」なら、「インフレによる税の増収という『インフレ税』を政権は導入し、国民生活に犠牲を強いている」のも、高所得者により大きな犠牲を強いているわけですね。

増減税には、各々長所も短所もあり、短所だけを声高に主張するのは、政策の良否を議論する上で有害な議論です。これらの税は『率』でかかるものですから、議論は『率』でしなくてはいけない。消費税減税をめぐる『額』での批判が、実は妥当ではなかったのですね。

「財政赤字拡大を懸念する長期金利の上昇→円安・物価上昇→国民の不満膨張→政策形成」という主張も、ちょっとおかしい。ここからは「生産者の視点」が抜け落ちています。円安は、生産者側の利益増大を意味し、賃金を上げる。逆に、行き過ぎた円高は国内の工業生産を困難にし、工場の海外逃避を招いてしまいます。これが現実に起こったのが民主党政権時代で、国内生産の低下による税収不足を補填するため、消費税の大幅増税を迫られてしまいました。

為替は、一国の経済的実力に見合った適正な水準に保つことが肝要で、1985年の時点では1ドル165円前後と考えられていました。これが150円を割った時点で異常とみなされ対策も協議されたのですが、さらに円高が進んでしまいました。その結果が失われた30年であり、円高不況対策のための国債発行だったのですね。アベノミクス以降の一連の動きは、これを補正するものであり、行き過ぎた円高という、一部消費者にはおいしいフリーランチもそろそろ終わりにしなくてはいけない。これが現実なのですね。

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