黒坂岳央氏の2/17付けアゴラ記事「40代で人生が狂う3つの理由」へのコメント(ブログ限定)です。
40代で人生が狂う理由
黒坂氏は「40代で人生が狂う3つの理由」の第一に次をあげておられます。
そして40代になると一気に事情が変わる。中年からはもう簡単に逃げることはできない。
嫌だからとキャリアアップでない転職をすると、ドンドン待遇が落ちていく。遅咲きの独立は即死リスクがある。家族のことを考えてフットワーク軽く移動が出来ない。既存の友達を切ればもう天涯孤独に落ちる。
そう、人生からリセットボタンが消えるのだ。「中年は辛い」とよく言われるのは、辛いライフイベントがよく起きるからではなく、嫌なことがあっても若い頃のように軽い気持ちで逃げることができなくなるからだ。
これって要するに、40代になると、現状を維持するしかなくなる、ということなのですが、なぜそうなるかといえば、ある種の既得権益をつかむようになる、ということですね。既得権益という意味は、実力以上の処遇を受ける形となる、生み出す価値より得る報酬の方が高い、というわけだ。これはこれで、幸せな状態かもしれないけれど、そこで得られるものが、己にとって満足のいくレベルには届かない場合に問題となるのでしょう。
この問題を考察する上では、その裏にあると思われる二つの疑問の答えを探さなくてはいけません。なぜ既得権益などがあり得たのか、そして、なぜそれで満足できない人が多くなってしまったのか、という二つの疑問なのですね。
第一の疑問に対する答えは、社会構造はいじるのが大変だからでしょう。一旦ある体制の下で稼ぎ続けることができるなら、これを大きく変えることなく稼ぎ続けることがベストだ、ということですね。問題が生じても、部分的手直しでこれに対応し、体制の抜本的改革などというハイリスクな手は打たないに越したことはない、これは合理的な考え方ではあります。
ただ、これで対応できるのは、環境変化が一定レベル以下にとどまってくれた場合で、社会的な変化や技術の進歩などの面で大きな変化が生じてしまうと、小手先の改革では対応できない状態にも陥りかねない。そこで抜本的な改革に乗り出さないと、ジリ貧状態になるというわけです。
これは、第二の疑問に対する答えでもあり、ジリ貧状態だから処遇も悪化するし、未来の展望も開けない、やる気になれないという、現在のポジションにおける問題を抱える一方で、自分自身の能力が古い環境下で意味のあるものであり、己の専門能力よりも社内の人間関係をうまく処理する能力に特化したがため、自分自身がこの環境変化に対応することもできず、より良い処遇を求めて転職することもできない、ということになるのでしょう。
黒坂氏は、40代で人生が狂う第二の理由として「人生の先がはっきり見える」を、第三の理由として「死の解像度が上がる」としております。これまでやってきたことがすべてだと思えば、現状で他に選択肢がない以上、“THE END”ということになるのも仕方のないことだというしかありません。でも、「まてよ、あきらめるのは早いのでは?」と思うのが普通ではないか、という気も致します。
問題の原因と対処
既得権益だって、ずっと維持できるならば何の問題もない。少なくとも、自分自身にとってはとてもハッピーな話であって、何も変える必要はないのですね。そのまま人生を全うする。逃げ切ることに専念すればよい。
ところが、そうもいかなくなってきたのが今の時代というもので、変化が速くなり過ぎた。確かに江戸時代から明治時代になった時は昔の士族は大変だったけど、そんなことはそれほど起こることではない、例外的な出来事なのですね。まあ、太平洋戦争の敗戦もそうですけど、これは、生きていただけ儲けものと思うしかない。
ところが今は、情報技術があっという間に進歩して、パソコンを使いだしたと思ったら、インターネットがあらゆるものを置き換え、電話はスマホに置き換わって、新聞テレビにもとってかわる勢い。いずれAIが発達したらホワイトカラーの多くもご用済みとなりそうな時代。昔のやり方を踏襲して、果たして人生乗り切れるか、逃げ切ることができるかとなりますと、これが相当難しくなってしまったのですね。
さらに悪いことには、人間の平均寿命も延びてしまいました。今では80歳くらいまで生きても、何の不思議もありません。逃げ切れないことに40過ぎて気づく。そして自分が何も変わらないと、そこから80代までの40年ほどの、長くてつらい人生を生きなくてはいけない。懲役刑を食らうような話です。
さあ、ではどうするか。この牢獄から脱獄する手はないか、普通、そう考えるのではないでしょうか。これに一つの解を与えるのが、リンダ・クラットンとアンドリュー・スコットの「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)/100年時代の人生戦略」なのですね。その内容を簡単に書きますと、第二の人生を考えるべき、という、単純な話です。まあ、世の中が変わるのだから、自分が変わるしかない。ある意味あたりまえの話ではあります。
変わるために必要なことは
LIFE SHIFTの紹介は種々なされておりますのでそちらにお任せすることとして、私が必要と思うことを、別の視点から述べてみたいと思います。
第一に必要なことは、自らが「普遍的な力」を備えることです。ここで、「普遍的」といいますのは、己の置かれた狭い領域だけではなく、社会全体から評価しての「力」という意味です。内弁慶ではいけない。社内では実力を認められても、ひとたび会社を出ると、全然評価されない。それでは動きようがないのですね。
普遍的な力をつけるには、社外の情報を多く入手すること。新聞を読み雑誌を読み、技術系の人なら学会にこまめに参加する。学会の研究会に毎月参加していれば、他社で同じようにしている人と懇意になったりする。懇親会などもありますから、表向きの話以外にも聞くことができます。また、大学やビジネススクールの社会人コースもあり、経営学修士や学位、あるいは何らかの資格を取れば、これは転職の際の大きな力にもなります。まずは、外で動き、世界を知ること。ここから始めなくてはいけません。
第二に、「問題意識」を持つことが大事で、現状をそのまま肯定してしまっていては、何も変わることができません。本当に現状に問題がないなら、それは幸せなことなのですが、現在の環境がジリ貧状態になる場合は、そこにある様々な問題がちらほらと見え始めているものです。それが何かに気が付けば、足りないものを補えばよい。他人がしないのであれば、自らそれを行う。そのために必要な力が不足していたら、これをつけるようにすればよい。上記第一の行動の出発点になります。
第三に「プラス思考」、他人の優れた点に敬意を払い、それを自らも身につけるよう努力することです。周囲にきらりと光る人がいたら、それはとても幸運なことだと思わなくてはいけない。他者の優れた点に劣等感を感じてそれを否定してしまうと、何の進歩も生まれないのですね。
鈴木敏夫著「仕事道楽―スタジオジブリの現場」には、徳間書店の雑誌「アニメージュ」の編集に携わった鈴木氏が、「ルパンⅢカリオストロの城」を製作中の宮崎駿氏らを訪問した際の鈴木氏の行動を書いた面白い一節があります。宮崎駿、高畑勲の両氏に感銘を受けた鈴木氏は、彼らの話す内容を克明にメモにとり、彼らの読む本を読んだ、というのですね。これがあったから、鈴木氏は、後にスタジオジブリの経営を支える一員となる。これが平凡な雑誌記者だったら、ずっと雑誌の編集者で終わっていたかもしれません。
おそらくは、優れた他者は、何らかの問題意識を持っている可能性もあるし、普遍的な力を得るためのヒントも持っているかもしれない。これを知ることができれば、第一、第二のポイントもクリヤーされるのですね。上の鈴木氏のやり方は、その一つのヒントになる。つまり、優れた他者といえど、何をすればよいかは一朝一夕にはわからない。その行動や話や受け取っている情報を子細に知ることが第一となるのですね。まあ、その大前提として、優れた他者に対する「リスペクト」、これがなくては何も始まらないと思いますが。
まとめ
と、いうわけで、40代を新たな人生への出発点とすることは、単に「人生が狂う」ことを避けるというだけでなく、より豊かな人生を手に入れる第一歩となるはずです。そしてこうする必要性は、今日ますます増大している。
こうすることは、本人が幸せになるだけでなく、大きく言えば、日本社会なり日本経済にとっても有意義な事なのですね。何分、日本は人口減少に悩まされている。40代から新たな人材が投入されることは、これを日本人の全員がやったとしたら、実質働き手が二倍になるということを意味します。まあ、そこまでの効果はあり得ないとしても、なにがしかプラスの方向に作用することだけは確かでしょう。
また、優れた他者の存在が、自らが力をつける上での助けになると書きましたが、自らが優れたものを身につけることができれば、それは、後に続く人たちの助けにもなる。こうした良い循環が生まれれば、自らが属する小さな社会はより良いものになろうし、それがジリ貧状態を脱する力となるかもしれない。
現状の小さな利益に甘んじ、ジリ貧状態を続けてしまうか、それとも新しい人生を模索するか、これは、40代の人たちが大いに考えるべきことではないかと思います。