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千角形、デカルトよりも多少賢くなる、かも、、、

4年ほど前、鉄道で使い古しの枕木が手に入りまして、私は庭に花壇をこしらえることにしました。花壇を作るといっても、普通の花壇では面白くない。謎が一杯の、世界で一つだけの花壇をこしらえようと、相当に頭をひねったわけですね。

で、結局造った花壇は、正三角形と円を組み合わせたもので、正三角形の一辺の長さは円の直径の1.5倍で、正三角形の一つの頂点が円の中心に一致する形で、手前側に、円に食い込んだ正三角形の一辺と円が見える、という形です。で、正三角形は枕木で直線を出し、円はレンガで縁取りをしてあるのですね。

正三角形は、辺の数が最小の正多角形で、円は正多角形の辺の数を無限に増やした時の極限の形。枕木は植物性で、レンガは鉱物性。この花壇には宇宙の全てが含まれている。ま、極端に言えば、そういうデザインであるわけです。

で、この花壇にはもう一つの謎がありまして、実は、これを作った頃、私はミステリーに凝っていたのですね。このブログにも   置いていますので、宜しかったらお読みください。で、この花壇ですけど、斜め後ろから見ると鍵穴の形をしておりまして、つまりはミステリーの象徴、それがこの花壇に隠されている、というわけです。面白いでしょう。

ところでこの、円、ですが、直方体形状をしたレンガを並べて造っていますので、正確には円ではなく、多角形、なのですね。正多角形の辺の数を増やした極限としての円、ですから、これが円でないことは一向に構わない、とそういう指摘をする人には言うことにしております。でも、それに気がついた人、デカルトよりも賢いのかも知れません。

先月少々深読みをいたしましたデカルト、概念と実在との関係について色々と書いているのですが、幾何学で扱う円や直線は、あくまで概念的存在であって、理想的な円や直線は、現実の世界には存在しない、と言います。で、円や直線に近いものは、この世界で目にすることもできるが、たとえば千角形などは、概念を抱くことは可能だけど、その形を思い描くことなど到底できない、というのですね。

と、いうわけで、ここまでお読みの皆様は、デカルトよりも、少しだけ賢くなれたかも知れません。千角形のイメージ、わりと簡単に思い描けるのですね。

余計なことかもしれませんけど、一応、その手順を解説しておきますと、まず、長さが20cmのレンガを思い浮かべます。で、これを千個並べて円を描く。一周の長さが200mの陸上競技のトラックのようなものですね。まあ、普通のトラックは長円ですが、この際円形のトラックを思い描きます。で、内側の芝生との境にレンガが並んでいる、と、、、このレンガの描く図形が、つまりは千角形、であるのですね。

そこからちょっと妄想をいたしますと、デカルト、もしかすると千角形の実物だって見たことがあるのかもしれません。まあ、フランスでメートル法を採用したのはデカルトよりも後の時代かもしれませんが、どのような単位系を用いるにせよ、陸上競技のトラックはキリの良い長さにするはずですし、レンガの長さもキリの良い長さで造るはず。手で扱えるレンガの大きさは、まず、20cm前後だろうし、陸上トラックの一周も200m程度が適当な長さでしょう。昔は円形のトラックも使われていただろうし、陸上トラックの内側に芝生を植えるとすると、境にレンガを並べることも、あながちないこととは思えないのですね。

まあ、デカルトさんが、長距離用の円形トラックと、短距離用の直線トラックを見ながら幾何学的概念と現実の形状について思いを巡らせていたと思いねえ。で、円や直線に近い形は目にすることもあるが、千角形は到底思い描くことはできない、なんて、当の千角形を眼前にしながらそう考えていた、、、なんてこともあったかもしれません。まあ、妄想なのですが、ちょっと面白いシチュエーションだとは思いませんか?