コンテンツへスキップ

「ファインマン物理学V 量子力学」を読む

「ファインマン物理学」は、物理学の教科書としては最も優れた本ではなかろうか、と私は常々考えているのですが、その中でも「ファインマン物理学V 量子力学」は、ファインマンの独壇場とも言うべき領域を扱っており、ページ数も多く、力の入った内容となっております。

で、中心となっておりますのは、ディラック流の、ブラ()とケット()を用いた確率振幅の表現方法です。本日は、私自身の勉強もかねて、この部分につきまして、簡単にご紹介することといたしましょう。

ここ(31頁あたり)では、具体的な状況といたしまして、電子が電子銃sから放出され、前方の壁に開いております、スリット1とスリット2を通って検出器xの置かれた壁に到達する、という状況を、ブラとケットを用いた表現で説明いたします。

粒子がsを出る状態をφ、スリット1を通過する状態を1、スリット2を通過する状態を2、検出器xに到達した状態をχといたします。

「確率振幅」と呼ばれる複素数の絶対値の二乗は、その事象の起こる確率を与えます。つまり、ここでファインマンが「確率振幅」と呼んでおります概念は、シュレディンガーの波動方程式に出てまいります「波動関数Ψ」と同じ概念ですね。

ブラケットを用いる記法では、はそれに挟まれたものの「確率振幅」である、ということを意味し、縦棒の右側が始まりの状態、左側が終わりの状態を示します。

この記法で、sを出た粒子(状態φ)がスリット1を通過(状態1)して検出器xに到達する(状態χ)確率振幅は<χ | 1><1 | φ>と書きます。

粒子が二つの状態を経て検出器に到達する確率は、二つの確率振幅の和の絶対値の二乗で与えられます。スリット1とスリット2を通過して検出器xに到達する確率振幅は、<χ | φ> = <χ | 1><1 | φ> + <χ | 2><2 | φ>と表されます。一般的には、状態φから状態χに至る確率振幅は、<χ | φ> = Σ<χ | j><j | φ>というように、可能な経路jすべてに対しての和となります。

次に(134頁から)、ブラとケットの演算を説明いたします。その前に、基本状態jを考え、状態φから状態χへの遷移確率振幅を<χ | φ> = Σ<χ | j><j | φ>と書き表します。ここで、基本状態は互いに直交する、すなわち、<j | k> = δjkといたします。このδjkは、クロネッカーのデルタで、j = kのときに1、その他の時には0という値をとります。

次に、<χ | φ> = <φ | χ>*が成り立ちます。ここで、添え字*は共役複素数、すなわち虚数部分の符号を反転させた複素数を示します。

この定義は天下り的に与えられているのですが、時間は虚数的に振舞う、などと考えている私にはおいしい話でして、つまり時間的順序を逆にするのだから、虚数部の符号が反転するのはあたりまえ、などと考えてしまいます。

次に、式の一部をとってしまっても良い、と述べます。たとえば、<χ | φ> = Σ<χ | j><j | φ>が任意のχに対して成り立つなら、|φ> = Σ| j><j | φ>と書くこともできる、というわけです。で、あるχについての値を知りたいと思えば、左から<χ |を掛ければよいのですね。ブラケット(<>)の左と右を分けて表示することから、これらを「ブラ」と「ケット」と呼びます。これは一つのしゃれ、ですね。

ある状態φに働きかけて新しい状態ψを作り出す演算子Λを考えます。これを式で表せば、|ψ> = Λ | φ>となります。

時刻t1からt2への時間変化に伴う状態の変化をU(t2, t1)という演算子で表します。これをすべての基本状態に対する組Ujk(t2, t1) = <j | U(t2, t1) | k>で与えますと、時間変化を完全に記述することができます。Ujk(t2, t1)j, kに対してそれぞれ与えられますので、行列の形をしています。

この特殊なものとして、粒子衝突実験の前後のような、非常に長期間での変化を表す演算子をS行列というのですが、これは、余談ではあります。

次に、微少時間Δtにおける変化を考えます。まず、微少時間における変化は小さいはずであり、その演算子はδjkに近いはずです。また、変化量はΔtに比例するはずであり、Ujk(t+Δt, t) = δjk + Kjk Δtと書くことができます。

このKjk(-i/h)で割ったもの(ここでiは虚数単位です)をHjkと書き、Ujk(t+Δt, t) = δjk - (i / h) Hjk Δtと書き直します。

さて、| ψ(t)>が時刻tに基本状態kにある確率振幅をCk(t)と書くとき、時刻t+Δtに基本状態jにある確率振幅はCj(t + Δt) = ΣUjk(t+Δt, t) Ck(t)と書くことができ、上の式を使用すると、その時間微分はih (dCj(t) / dt) = Σ Hjk(t) Cl(t)と表されます。

この式はどこかで見たような形をしております。Hをハミルトニアンとファインマンは呼んでいるのですが、通常ハミルトニアンといわれておりますのが -(h2 / 2m) ∇2 + V なる演算子でして、これを用いましたi h (∂ψ/∂t) = -(h2 / 2m) ∇2 ψ+ V ψがシュレディンガーの波動方程式といわれているものです。このあたりは334ページあたりに書かれているのですが、この式はシュレディンガーが独自に書き下したもので、ブラとケットの議論から演繹されるものではありません。

つまるところ、ブラとケットの記法で状態の遷移確率振幅を扱いますと、シュレディンガーの波動方程式と同じ結果が得られる一方で、同じ記法を用いますと、さまざまな物理現象を単純な表現で扱うことができる、というわけですね。

同書には、アンモニアメーザ、水素原子、半導体などのさまざまな化合物、スピンなど、さまざまな対象に対してブラとケットの記法で状態を導いております。

さて、同書は膨大な内容を含みますだけに、ここではごく一部をご紹介することしかできないのですが、最後に近いあたりに、磁束が量子化されている、という話が出てまいります。その大きさは2x10-7G cm2だとか。

磁束が量子化されている、つまり、磁界は磁束を単位といたしまして飛び飛びの値しかとり得ないといたしますと、当然のことながら、電磁波は粒子のように振舞う(つまり、一つ一つを数えることができる)こととなります。なるほど、光が粒子性をもつ、という不思議な現象の起源は、磁束が量子化されているということにありそうです。

しかし、そうであるなら、電子軌道の変化に伴って放出された光子は、いずれかの方向に、一つの塊として放出されるはずであり、全方向に広がっていく、という波動関数の表示は少々おかしいということになります。

結局のところ、現実にはある一方向に塊として飛んでいくのだが、検出されるまではその方向がわからないため、全方向に広がる確率として解釈する、というのが現実の姿なのでしょう。そうなりますと、波動関数は、電子軌道中の電子のように、不確定性原理が支配するが故の確率振幅と、未知であるが故の確率振幅とに分けて議論すべきではないか、という気もするのですね。

波動関数が使用される中心的な局面は微細領域での現象なのですが、この概念を巨視的領域にまで拡大して使用することは、少々問題があるのではないか、と私は考えております。このあたりに関する私の考えに付きましては、本ブログトップページに置きました観測問題解決のための修正自然主義の提案をご参照ください。


虚数時間の物理学、まとめはこちらです。