本日は、鬼頭莫宏著「ヴァンデミエールの翼(1)、(2)」を読んでみましょう。
1. ヴァンデミエールとの出会い
このコミックは、1997年から1998年にかけてアフタヌーンに掲載された作品に、書き下ろし作品「ヴァンデミエールの滑走」を加えて単行本化されたものです。長らく絶版となっており、一部ではレアもの扱いもされておりましたが、本年8月に再版され、現在では新品で入手も可能です。
私がこのコミックを読むことになりました理由は、米澤穂信氏の「クドリャフカの順番」での伊原麻耶花のコスプレでして、次のように形容されております。
麻耶花の着込んでいるのは、インディゴブルーのジーンズに黒のトレーナー。10月初めの秋風にも耐えうる、実用的な服装だ。トレーナーのほうに、アクセサリーがついている。胸周りにぐるりと、大きな飾りボタンが縫い付けられていた。ポイントはこの飾りボタンなんだろうけど。
上から下までじっくり見るけど、うーん。心当たりがない。もう一度訊いてみよう。
「で、なんの装い?」
鼠をウエノアネサマと言うような、慎重に禁忌を避けた言い換えを、麻耶花は受け入れてくれた。まっすぐ前を向いたままで、ぽつりと答えを返してくれる。
「ヴァンデ」
「ヴァンデ? ヴァンデミエール? そんな服着てたっけ?」
「『滑走』の最後で……」
とまあ、そんな会話が交わされるのですが、ヴァンデミエール、それほどだれもが知っていなければならないまんがなのでしょうか? 米澤穂信氏のお気に入りのまんがではあるのでしょうが、、、
とはいえ、一応気になる作品ではあります。ファンのリクエストに応えて再版が決まったということは、この作品はそれなりの評価も得ているはずです。
で、読んだ最初の感想は、この作品、宮崎駿のアニメになりそうな作品ですね。それもいろんな意味で、、、
閑話休題。内容の評論に入りたいと思います。申し訳ありませんが、以下、ネタばれ満載です。この作品をまだお読みになっていない方は、ここから先は読まないほうが幸せな人生を送れるのではないかと思います。つまり、下手な先入観を持たない状態で、まず同書をお読みになるのが一番である、と強く考える次第です。
余計なものが見えないように、ちょっと改行を入れておきましょう。
もういいかな?
もう少しだけ、、、
と、いうわけで、内容のご紹介とまいりましょう。
2. 第1話:ヴァンデミエールの右手
同書は8話の短編仕立てで、一見ばらばらのお話ではあるのですが、微妙に話がつながっておりまして、そのつながりを読み解くところが面白い作品です。
バイクの少年レイは、スチームカーで村にやってきた背中に1対の白翼があるサーカスの少女ヴァンデミエールに恋をします。ヴァンデミエールは座長に服従する作り物(自律胴人形)で、レイに心を奪われた罰として右手小指を座長に食いちぎられます。
ヴァンデミエールが酒場での慰みものにされるシーンを目撃した少年レイは、彼女を連れて逃げるのですが、座長に捕まり、ヴァンデミエールは右腕を落とされ、レイの右手首も落とされてしまいます。
青年となったレイは事業で成功しますが、思うのはヴァンデミエールのこと。かつてのサーカスを探し出しますが座長は別人です。
レイの仲間:昔から気になってんだけど、お前の右手って、妙に華奢だな
レイ:ああ。だから、忘れられないんだ
レイの右手首には縫い跡があり、そこから先は少し細くなっております。そして、小指が欠けております。
レイの思い:ヴァンデミエール。10月の風
3. 第2話:ヴァンデミエールの白翼
城塔の上に立っているのは背中に2対の白翼があるサーカスの少女ヴァンデミエール。そこにウィルの操縦する単葉機「ホッブ・コブリン」がやってまいります。ウィルの目的は、城塞都市の周りを30分以内に10週して、新聞社から懸賞金をせしめること。サーカスの座長はこれを愉快に思ってはおりません。
ウィルはヴァンデミエールを乗せて飛行するのですが、座長の怒りを買い処分されることになります。ウィルは翌日手に入れる予定の懸賞金でヴァンデミエールを買い受けることにいたします。ウィルに問われてヴァンデミエールは自分が付けたい飛行機の名前を口にします。
ウィル:どんな名前にする? きみならさ
ヴァンデミエール:ピスキー
ウィル:まさか!! そんな縁起でもない名前……
ヴァンデミエール:夏の夜の、儚(はかな)い白き蛾。それは、洗礼を受けずに死んだ子供の魂
ウィルの単葉機ホッブ・コブリンのエンジンがかかります。城塞都市を10周、ウィルは記録を達成するのですが、座長のカラスが突っ込み、ホッブ・コブリンは墜落してしまいます。
瀕死の状態で病院のベッドに横たわるウィルに口付けをしたヴァンデミエールは、城塔から飛び降ります。意識を取り戻したウィルは座長に問います。
ウィル:ヴァンデミエールは……どこだ?
座長:ヴァンデミエールは、もうここには、存在しない。私の腕をすりぬけて、自由になってしまった。お前が飛ぶことを、教えたからだ
賞金で複葉機を買い入れたウィルはこれを「ピスキー」と命名し、大戦、戦後を通じて大空を飛び回ります。洗礼を受けることのなかった少女の魂の行方を案じながら、、、
4. 第3話:テルミドールの時間
古道具屋の親父のところでアルバイトにいそしむオリバーとシモンは、休憩中にラズベリーを探しに石舞台(クオイト)の近くまで来て、背中に1対の白翼がある少女を見つけます。これを天使と考えた少年たちは、病の床にあるオリバーの妹テルミドールをあの世に連れに来たのではないかと心配します。
話を聞いたテルミドールはベッドを抜け出して天使に会いに行きます。シモンは天使が妹を連れ去るのを阻止するため洗濯棒を持って飛び出し、ヴァンデミエールを壊そうとします。しかし、テルミドールの「止めて」との声で、すんでのところでこれを止めます。
ヴァンデミエール:あなたは「天使」がその子を連れていくと考えているのですか? 自分でその存在を確認したわけでも、その行為を見たわけでもないのに……
町の人達がテルミドールを探す声が近くに聞こえます。大人の人に見つかりたくないヴァンデミエール。そこに古道具屋を連れたオリバーが現れます。
古道具屋:ふむ。あんた、造り物か?
ヴァンデミエール:はい
古道具屋こりゃ驚いたな。なんだかよくわからんが
ヴァンデミエールを手伝って服を脱がせると、そこには機械の腹部が現れます。
シモン:機械?
ヴァンデミエール:私は造り物なんです
オリバー:壊れているの……
ヴァンデミエール:ええ
シモン:それで動けないのか?
ヴァンデミエール:いえ、それはほとんど関係ありません。見せかけだけで、用を為してませんから。私の体、そんなのばかりなんです。人間のまがい物。天使のまがい物。機械のまがい物。これが私です。いまのあなた方には、何に見えますか?
町の人たちに発見されたテルミドールの枕元には、大金の詰まった袋と天使の人形が置かれています。町を離れる古道具屋は、白翼のはみ出した荷台に向かってこう語ります。
古道具屋:自分の値段の交渉をする品物は初めてだったよ。あんたにゃ負けた
5. 第4話:フリュクティドールの火葬
森の中で教戒師と背中に小さな黒翼があるヴァンデミールが格闘しておりますと、この地の領主グリーン・クロッシング伯が現れ、ヴァンデミエールを彼の隠れ家に連れてゆきます。
彼が乳母フリュクティドールと作り上げたその隠れ家を、ヴァンデミエールはドアに刻まれたフリュクティドールの言葉「依存の終わり、依存への依存の終わり。それは個の誕生」から、クロッシング伯を包むフリュクティドールの胞衣(えな:胎児を包むもの)と見抜きます。
そこに教戒師が乱入し、ヴァンデミエールを連れ去ろうとします。教戒師はフリュクティドールの幻を出してヴァンデミエールを返すように説得しますが、クロッシング伯はその幻を銃で撃ち、教戒師の落とした聖書(?)を火にくべてしまいます。と、教戒師も燃え上がり、隠れ家も燃えてしまいます。
クロッシング伯:きみに「これからどうすべきか?」……なんて聞くようだと、また叱られるんだよな
ヴァンデミエール:期待してるんですか?
クロッシング伯:ばか
6. 第5話:ブリュメールの悪戯
ブリュメールの父(教父)は娘のコピーを作るべく背中に翼の取れた跡のあるヴァンデミエールを娘とともに学校に通わせます。これが面白くないブリュメールはヴァンデミエールに意地悪をするのですが、ヴァンデミエールは徐々にブリュメールに似てきてしまい、逆にブリュメールに意地悪をいたします。
魂が抜けてしまったようなブリュメールを残して、ヴァンデミエールはブリュメールとして旅立っていきます。
7. 第6話:ヴァンデミエールの黒翼
飛行船に囚われた背中に大きな黒翼をくくりつけられたヴァンデミエール(自称ブリュメール)は、外に放り出されそうになっていた密航者の少年、エイバリー(自称ウィル)を身請けします。
エイバリーはヴァンデミエールに飛行船が墜落する危険性を指摘し、そんな危険な飛行船に密航した理由を「あなたの翼が見たかった」と説明します。そして、空にあこがれた理由を、7歳のときに村に巡業の飛行機(ホブ・コブリン)がやってきて、その飛行士にあこがれたから、と説明します。
「旦那様」にお茶に呼ばれてこれに従うヴァンデミエールに少年もついていきます。そして、ヴァンデミエールを人質にとり、飛行船を着陸させるように要求するのですが、「旦那様」はエイバリーにそれならいっそブリュメールをつぶすと宣言し、執事はヴァンデミエールを壊しにかかります。
これを見たエイバリーは自ら飛行船から飛び降りるのですが、ヴァンデミエールもこれを追って飛び降ります。
ヴァンデミエール:なんだろう、この感じは。後からつけられた素性の知れない翼。だけど、姉たちのものと違って、「飛ぶため」に造られているような気がする。あの人に届くはず。だけどこもままじゃ――重い
こう考えたヴァンデミエールはナイフを一振りいたします。
突然の風を受けて、飛行船が二つに裂けます。ヴァンデミエールは、落下中のエイバリーのところまでたどり着きます。爆発する飛行船の爆風にあおられながらエイバリーとヴァンデミエールは地上に降り立ちます。
ヴァンデミエールを見たエイバリーは驚きます。なんと胸から下がありません。
ヴァンデミエール:悪魔なんていうのより滑稽ですよね、私。あなたにはどうしても伝えておきたくて……。私はブリュメールじゃないんです。それは私が憧れた……なりたかった人。ヴァンデミエール、それが私の名前
ヴァンデミエールは、自分を肩に担いで歩くエイバリーに語りかけます。
ヴァンデミエール:やっぱりうまく飛べませんでしたね
エイバリー:僕が翼を作る。だから、一緒に飛んで欲しい
ヴァンデミエール:空では1人だって
エイバリー:…… あなたとなら
8. 第7話:ヴァンデミエールの火葬
背中に小さな黒翼があるヴァンデミールが嬰児を抱えて雪の峠道を登っていきます。激しい風を避けて入った石積み(第3話の石舞台?)の中には、先客、木工職人がおります。子供は高い熱を出していたのですが、ヴァンデミエールは気づきませんでした。
焚き火に燃やすものがなく、ヴァンデミエールはその木製の手足を、最後には全てを燃やして子供を助けます。ヴァンデミエールの足にあった輪を手にとって木工職人は嬰児に語ります。
「てめーのお守りだ、さ。さあ、まだちょっと寒いのが続くけど、このくらいで負けたりすんなよ。あの娘の命もらったんだから。ついでにあの娘の器量ももらってりゃ、申し分ないんだけど……。そこから生まれ、そこへ還る、か。オレまであの娘の子供のような。って、おめーも違うんだっけ。さようなら、小さな黒い翼の器。街へ戻ったら大きな黒い翼を作ろう。名も知らぬ母のことを想って」
9. 最終話:ヴァンデミエールの滑走
巨大な飛行機が飛び、ガソリンエンジンの車が走る街の店に男(弁護士)がやってきます。
男は、店に飾られている人形、背中に1対の白翼があり手首の欠けた人形、を身請けする正当な権利があると言います。男は持参した手首を人形の右手に取り付け、こう言います。
「さあ、目を覚ましなさい、ヴァンデミエール。上からの言葉ではなく、内からの言葉を聞く時です。自らの存在を、その意識の中からつかみあげる時。昨日、レイという名の老人が亡くなったのです」
この言葉に目を覚ましたヴァンデミエールは、レイの遺産相続の手続きを、という男の言葉をさえぎり、老人の元へと連れて行ってもらい、「今夜一晩、彼と2人だけにしてもらえませんか」と願います。
翌朝、ヴァンデミエールは、髪を切り老人の衣装を身にまといます。彼女の白い大きな翼は切り取られ、老人の亡骸の胸の上に置かれます。その建物に火が回るなか、彼女はバイクで走り去ります。
10. それぞれのヴァンデミエール
以上がこのお話です。非常に入り組んだ構造をしており、ヒロインのヴァンデミエールも一人ではありません。翼に着目して各ヴァンデミエールがどのような行動をとったかをみてみましょう。
まず、背中に1対の白翼があるヴァンデミエールは、第1話で座長に腕を切り落とされ、その手首はレイ少年に移植されます。彼女は第3話で石舞台の近くに横たわっているのを発見され、古道具屋に売られます。最終話で彼女は、息を引き取ったレイ元少年(老人)に出会います。1、3、8話に登場いたしますこのヴァンデミエールは、純情可憐、一途な恋に生きる自律胴人形です。
背中に2対の白翼があるヴァンデミエールは第2話で登場し、城塔から飛び降りてその存在を失います。このヴァンデミエールは第2話のみの登場で、少々自閉的で内気な自律胴人形です。
背中に小さな黒翼があるヴァンデミールは、第4話で登場し、教戒師から解放され、精神的自立を獲得したグリーン・クロッシング伯とともにいるところで第4話を終わっているのですが、次に現れる第7話で、嬰児を助けるために薪となって燃え尽きます。何らかの慈善事業に身を投じた、ということでしょうか。この第4話と第7話に登場いたしますヴァンデミエールは才気活発、強い心を持った自律胴人形です。
背中に翼の取れた跡のあるヴァンデミエールは、第5話で登場し、ブリュメールの性格をコピーした後、第6話では、作り物の黒い大きな翼をくくり付けられブリュメールの名で登場して、エイバリー(自称ウィル)を助けるために胸から下を失います。というわけで、5話6話に登場いたしますヴァンデミエールは、悪戯心を持った少々自己中心的な自律胴人形ということになります。
ウィルは第2話で登場する飛行機乗りであり、エイバリーは彼に憧れました。最終話に登場する双胴の大きな飛行機の機首にはエイバリーとヴァンデミエールの名が見えます。エイバリーもまた、自らの夢を実現したのでしょう。
その他、第6話のヴァンデミエールの黒い大きな羽根は、第7話の木工職人の作品なのでしょうし、最終話でヴァンデミエールを迎えに来た弁護士は第7話で救われた嬰児に連なる者であることを、バックミラーに下がるリングが暗示しております(嬰児は女の子でしたが、おそらくはその息子でしょう)。それぞれのお話は複雑に絡み合っております。
11. ヴァンデミエールの時代
「ヴァンデミエール」という名前は、フランス革命暦の1月(秋分の日からの1ヶ月)「葡萄月」でして、同様に「ブリュメール」はその翌月(霜月)、「フリュクティドール」は12月(果実月)の名前です。第7話で登場する嬰児の名(ニヴォゼ)は、革命暦4月、ニヴォーズ(雪月)の意味でしょう。これらのネーミングは、フランス革命との関連を暗示しております。
確かにフランス革命の際に「フランス人権宣言」が出されており、自立した個人が強く意識されるようになりました。お話の中でも、貴族が依然として力を持つ一方で、いけすかない貴族の時代もおしまいってことさなどと言うせりふもありますことから、1789年のフランス革命前後の話であるようにも思われます。
一方で、「大戦」という言葉に対応しそうな第1次世界大戦は1914~18年に行われ、第6話に出てまいります硬式飛行船は、ツェッペリンの1900年の初飛行以降のものです。ライト兄弟が飛行機を飛ばしたのが1903年、単葉機と複葉機が存在したのが1920年代という事実からも、時代は20世紀初頭、おそらくは第1次大戦前後かと思われます。
もちろん「ヴァンデミエールの翼」はファンタジーに分類されますので、時代の特定など無意味ともいえますが、気にはなります。
ここは、最終話を除き第1次大戦前後の話である、と考えておくのが妥当かと思います。これは、最終話がその5~60年後、すなわち20世紀後半とみられることとも、つじつまが合います。
12. ヴァンデミエールの成長
さて、このお話のテーマは自己の確立である、と読むことができます。ヴァンデミエールは、回を追うごとに、自己を確立してまいります。
第1話と第2話のヴァンデミエールは完全な受身です。第2話の最後では自らの意思で飛び降りており、座長は「ヴァンデミエールは……自由になってしまった。お前が飛ぶことを、教えたからだ」と述べます。しかし、自由になったといってもその存在が失われております。
第3話のヴァンデミエールも、自ら動くことができず受身的な対応に終始するのですが、それでも少年たちの誤った考え方を諭します。第4話でもクロッシング伯に諭し、彼の自立を助けます。ヴァンデミエールは、大人になりきれていない者に対しては、精神的に一歩進んだ地位を獲得いたします。
第5話になりますと、ヴァンデミエールはブリュメールという他の人格を獲得し、一人で旅立つこととなります。第6話では囚われの身となるのですが、「旦那様」に自分の意思を伝えて少年を救い、少年が飛行船から飛び降りると、その後を追うという行動を自らの意思で決定いたします。
この段階のヴァンデミエールは、状況をかなりコントロールする力を持つに至っているのですが、それでもできることは限定的であり、他者の庇護の元にこれを多少逸脱する程度にとどまっております。
第7話では、ヴァンデミエールは嬰児を護る立場に成長いたします。そして旅の木工職人と交渉し、嬰児を救います。第8話も、かつてヴァンデミエールが愛した、今は亡き老人に最後の別れを告げ、自ら翼を切り捨て髪を切り、老人に扮してバイクに乗り、いずこかへと去っていきます。
この段階のヴァンデミエールは、精神的にも物質的にも、完全に自立した一個の個人(大人)として行動しております。
もちろんこのストーリー上では、ヴァンデミエールは少なくとも4人いるのですが、それぞれのヴァンデミエールも回を追うごとに成長しており、成長の段階に沿ってお話が並べられる形となっております。
では、何がヴァンデミエールを成長させたのか、ということになりますとそれははっきりしております。つまり、ヴァンデミエールがふれあった人たち、特に恋をした相手、です。結局のところ、人が精神的に成長し、自己を獲得するのは、他者とのふれあいを通してであるということなのですね。
それも、肯定的な他者とのふれあいを通して、人は始めて自分の意味を知り、自己を確立することができるというわけです。もちろんその過程では、相手も成長いたしまして、相互に互恵的な関係が築かれることになります。
13. ヴァンデミエールとMaico
さて、このような面白いコミックを前にして、小難しいことを考えるのはこの辺で止めにしておきましょう。
このお話を読んで私が面白く感じたのは、以前のこのブログでご紹介いたしましたアニメ「maico 2010」に似たシチュエーションでありながら全然違うストーリー展開になっている、という点です。
なにぶんmaicoは、ニッポン放送のパーソナリティというはっきりした位置づけが最初からできております。これもある意味必然的なのであって、会社組織としてのラジオ局に登場する以上、最初から、その役割は明確に定められているのですね。
一方のヴァンデミエールは、何のために作られたのかすらはっきりしない存在であり、存在が先にあって、その意味が後からついてくる形となります。
そういう意味では、ヴァンデミエールのほうがより人間的である、ともいえるのでしょうが、なに、人間だって就職すれば、maicoと同じシチュエーションに置かれることになるだけの話です。
あ、小難しい話は止めることといたしましょう。
それにしても、1990年代の日本は、失われた10年などとも言われているのですが、アニメ、コミックの分野では黄金時代とでも称すべき時代であったように思われます。この時代、日本のアニメは輝いていたし、すばらしいまんがが生み出されておりました。ジャパニーズクールが世界を席巻することになりますのも、まさにこの時代があったからなのではないでしょうか。
「ヴァンデミエールの翼」も、この時代を輝かせた作品の一つに数えられてしかるべきでしょう。