ベクトルポテンシャル(A)は実在の量か」との疑問にAB効果の観測で終止符を打ちましたのは比較的最近の話題ですが、それでは「磁場(B)は実在の量か」という疑問にどのように答えればよいかとなりますと、これは非常に難しい問題であるように私には思われます。
特に、電磁力は電流と磁場の外積で与えられるというのが一般常識なのですが、この常識は疑ってみる余地があるのではないか、と考えております。
磁場が実在するとの感触は、日常的に得ることができます。すなわち、磁石の近くに砂鉄を近づけますと、砂鉄が筋状に並び、これが磁力線である、と説明されます。
物理的には磁場Bが磁石のN極とS極の間に存在し、これが磁性体であります砂鉄の粒子に力を発生させるため、磁力線が目に見えるようになる、とされております。もっと正確に言いますと、磁界中に置かれた砂鉄は磁化されることで小さな磁石となり、そのS極とN極が吸引することで粒子が筋状に並ぶ、というわけです。
普通に考えますと、磁場も電場と同じように考えたくなります。摩擦した琥珀が紙片を吸引するように、磁石は鉄片を吸引いたします。これら双方の現象の裏には類似したメカニズムがありそうだと、誰しもが思うことでしょう。
磁場は電流、すなわち荷電粒子の運動、が作るものであり、磁石による磁場も磁石を構成する材料の内部で電荷が移動している(角運動量をもっている)ために生じているとされます。また、強磁性材料が磁場に影響されるのも、その材料内部の荷電粒子の運動が磁場により影響されるためであるとされております。
結局のところ、磁気的な作用といいますものは、運動している電荷、すなわち電流間に生じる力として説明されているのですね。
電場の原因であります荷電粒子の運動(すなわち電流)が磁場の原因であるということが明らかになりますと、電流が(他の電流に力を及ぼす)場を作り出すと考えるのが妥当であり、場の原因であるポテンシャルは電流に対応しているはずであると考えるのが素直な考え方です。
電流が作り出すポテンシャルはベクトルポテンシャルと呼ばれ、記号A で書き表されます。そして磁場 B とベクトルポテンシャル A とは次の関係で結ばれております。
B = rot A
ここで rot は「ローテーション」とか「回転」と呼ばれるベクトル場に対する演算で、面積 s の小領域を考え、ベクトル場をこの領域の周囲にわたって周回積分した値を面積 s で割った値の、面積をゼロに近づけたときの極限値として与えられ、∇≡(∂/∂x, ∂/∂y, ∂/∂z)とベクトル場との外積でもあります。
ベクトルポテンシャルは、電流と同じ方向の、電流から離れるに従ってゼロに近づく大きさを持つベクトルです。ベクトルポテンシャルはベクトルですから、種々の方向を向いた電流が系内にある場合、これらの作るベクトルポテンシャル(それぞれの電流の方向を向いたベクトル)は合成されて、特定の方向を向いたベクトルポテンシャルとなります。
今日の物理学の教科書を見ますと、速度 v で運動している電荷 q に作用する力 F は、電場 E と磁場 B により次式で現されると書かれております。
F = q (E + v x B)
以前のこのブログで、移動する電流間に働く力を特殊相対性理論から導く、などという大それたことにトライし、ベクトルポテンシャルの相対論的説明を(完全な形ではないのですが)一応与えました。
で、その後のブログで、この考え方でベクトルポテンシャルを説明するのであれば、これを磁場 B に書き直した上で電流間に生じる力を計算するのは、もしかすると間違いではなかろうか、と指摘いたしました。
ベクトルポテンシャル場の中で、電流は、これと同じ方向のベクトルポテンシャル成分の勾配により力を受けるはずで、電流に直交する方向のベクトルポテンシャル成分からは何の力も受けないであろう、というのが重要なポイントです。
磁場 B は rot A で与えられますので、電流と直交するベクトルポテンシャル成分の勾配も含まれます。従って、磁場が電磁力を生み出すと考えると、直交する電流同士が力を及ぼしあうことになります。これは、相対論的効果による磁力発生のメカニズムからは説明がつかない現象であるように思われます。
この指摘がもしも正しいといたしますと、実は重大な問題です。なにぶん、今日の物理学の教科書は、すべて「電磁力は電流と磁場Bのベクトル積(外積)で与えられる」としております。従いまして、今日の物理学教育は間違ったことを教えている、と指摘していることになってしまいます。
そういう重要問題であるということを重々承知の上、暇をみては考えていたのですが、現時点での私は、ひょっとするとこの指摘は正しいかもしれない、と考えております。
問題は、私の疑問が正しくて教科書に与えられている電磁力発生の式が間違っていたと認めるとしても、何ゆえにそんな誤りが長年気付かずに過ごされたのか、という点が大いなる謎となります。この謎に正しく答えられないかぎり、私の疑問は疑ってかかるべきでしょう。
この答えは、円環状の電流の作るベクトルポテンシャルの勾配は等方的であるということと、円環状の電流はこれを含む面内にあればいずれの方向のベクトルポテンシャルの勾配にも同じ力を受ける、という二つの理由によるのではないか、と考えております。
磁性体は微小な円環電流が材料の内部に含まれることで磁性を生じるのですが、この場合は等方的なベクトルポテンシャルを生じますし、外部から与えられたベクトルポテンシャルに対して生じる力は、ちょうど rot 演算を行った場合に相当いたします。従って、磁性材料が関係する部分では、磁場を用いて計算したところで、何の問題も生じません。
物理学者が精密な実験を行う際には、円筒型のヘルムホルツコイルを使用するのですが、この場合もベクトルポテンシャルは等方的になります。円筒形は回転対称ですから、円筒形のコイルを流れる電流が作るベクトルポテンシャルも回転対称とならざるを得ず、方向による差は生じません。
電磁力を使用する装置、例えばモータなども、コイルは実質円筒形に近い形をしており、磁場 B を用いて計算を行っても大きな誤差は生じないのでしょう。また、磁場 B により発生するとされる偽の力は、電流が必ず循環するためキャンセルされ、計算結果として得られる力の総計には現れないという幸運もあります。
と、いうわけで、電磁力は電流と磁場の外積によるとの説明も、現実的にはなんら矛盾を生み出さず、だからこの式がこれまで物理学の教科書に載り続けていたのではなかろうか、というのが現時点での私の考えです。
しかし、実用上の問題はないといえ、この疑問が正当であるなら、部分部分に生じる力は異なっているはずであり、教科書の説明は物理現象の説明としては不適当といえるでしょう。
結局のところ、怪しい部分は F = q (E + v x B) なる式ということになります。確かにこの式、あまり美しい印象を受けないのですね。
磁場 B そのものは、ベクトルポテンシャルが実在する以上、その回転として実在に準ずるとみなすことができます。ベクトルポテンシャルの回転として定義される磁場は、電場と同じように意味を持つはずです。
しかしながら、もしも電流が受ける力が磁場 B で記述されるのではなければ、この反作用に相当いたします電磁誘導も磁場 B では記述されないということになり、ベクトルポテンシャルの回転である磁場 B を扱う理由が消えてしまいます。
結局、問題は次の形に整理されます。
1.直交する電流は力を及ぼしあうか
1’.直交する電流間に作用する力は、特殊相対性理論でどのように説明されるのか
2.式 F = q (E + v x B) は正しいか
2’.ベクトルポテンシャル場 A において4元電流 j にはどのような力が作用するか
1と2は同義です。1が真である場合は1’の疑問に答える必要があります。2が偽である場合は2’の疑問に答える必要がでてまいります。
この問いはいずれも難問であるように思えますが、教科書的には2が真とされる(したがって1も真とせざるをえない)一方で、私には、1’に解が与えられない以上は、1、2を偽として2’に答えるのが簡単であるような気がしている次第です。
さて、実際のところはどうなっているのでしょうか?
この回答(?)につきましては、こちらで与えております。