STAP細胞の問題に関しては、捏造疑惑が表面化してからBLOGOSの記事やコメントが荒れておりましたので、3/12のこの記事に以下の意見を記しておきました。
この件に関しては、あまり外部の人間が騒ぐのは控えて、当事者の解析を待つのが良いかと思います。といいますのは、現時点では、捏造と簡単に決め付けることもできないように私には思われるからです。
と、いうわけで、以下、捏造ではなかったとしたら何が起こっていたかを推理してみましょう。もちろんこれはあくまで、「捏造ではなかったとしたら」を前提といたしますので、前提が崩れたら何の価値もない推理ではあります。
まず第一に、証拠写真が無関係のものであったという件。ネイチャー誌の査読委員から「写真が不鮮明である」との意見が寄せられてより鮮明な写真に差し替えていた、などということがあったといたしますと、差し替えの時点で誤った写真に差し替えてしまったということも起こりえないではありません。これに関しましては、査読経緯をチェックすれば、少なくとも理研サイドでは検証できそうです。
もちろん、誤った写真に差し替えた、というのはそれはそれで間違いであって、論文を取り下げる必要はありそうですが。
第二に、D論や他の研究者の文章のコピペですが、自分の文章をコピペすることは、さほど問題がある行為ではありません。問題は他の著者の論文をコピペして、引用文献にもあげていないという点でしょう。ただ、引用文献は、論文を構成した際の元になった論文をあげるべきであって、一般的に知られた実験手順を記述した論文はこれには相当いたしません。
問題は他人の文章のコピペなのですが、日本人が英語の論文を書こうというとき、他の英語で書かれた文章を参考にすることはありがちで、それが行き過ぎた可能性もあるのではないかと思います。普通であれば、構文や単語を参考にするところで、文章をそっくりコピーするのは行きすぎです。でもこれは、言語の著作物を作成する一般常識の問題であって、研究自体の価値は無関係であるように私には思われます。
第三に、再現性の問題ですが、私は長年薄膜材料の研究に従事したのですが、クリーン着を着ていても人体由来の不純物がサンプルに入り込むことあよくありました。作業者が女性の場合、化粧品が混入する可能性があり、もしこれが実験に影響を与えていたとすると、他の男性研究員が追試をしても再現性が得られないはずです。他にも、試薬中の微量不純物などが影響する可能性もあり、化学の論文では純度はもちろんですが、試薬のメーカ名を明記することもよく行われています。
これらの点は、きちんと調べることが肝要でして、もしも化粧品由来のナノ粒子と酸が決め手になっていたとしたら、それはそれで大発見であるように、私には思われました次第です。
この問題に関しては、種々の問題点があったことは事実であるようですが、捏造と断定するには現在もなお根拠が薄弱であり、今後の追試結果を待ちたいところです。本稿では、この問題はいったん脇におきまして、今回の騒動と以前大騒ぎになりました常温核融合との類似性について考えてみたいと思います。
常温核融合とその後の経緯に関しては、Wikipediaの記事、あるいはこれが参考文献としてあげております小島英夫氏のレビューをご参照いただくのが正確ですが、当初再現性が疑問視されて誤りであるとされた「常温核融合」が、その後の研究により今日の物理法則では説明の付かない未知の現象がおこっているようであるとの認識に変化しております。当初問題となりました再現性の問題は、実験者が想定していなかった宇宙線由来の中性子が反応に関与していたことが、実験を不安定にしていたと現在では考えられております。
常温核融合反応の内容は非常に複雑であり、現時点でも単純な説明はできないのですが、この問題をご理解いただくため、不正確であることを承知で単純な説明を試みますと次のようになります。
常温核融合を生じる一つの典型的な系は、パラジウムを含む電極で、リチウム(Li)の存在下で重水(D2O)を電気分解したときに、宇宙線由来の中性子(n)が作用すると核融合反応が生じるということで、起こりそうな反応は次のようになります。
(1) Li + n → He + T
(2) T + D → He + n
一般的には、(2)の反応は高温高密度のプラズマ中でしか起こらないのですが、パラジウムは水素(TやDも同じ)を吸蔵する性質があり、DとTを反応させる何らかのメカニズムにより核反応が生じるということなのでしょう。
(2)の反応で生じる中性子は、通常であれば、系外に飛び去ってしまうのですが、これが何らかのメカニズムにより電極付近にとどまりますと(1)に使用されてこれらの反応が継続することとなります。つまり、中性子が失われないのであれば、中性子は触媒的な作用をすることとなり、最初の宇宙線由来の中性子は反応を開始させる役割を果たしていることとなります。
この宇宙線由来の中性子が再現性を悪化させた理由であり、当初の発表がこれを無視したことは誤りであったことは事実なのですが、反応自体が起こるのであればそんな誤りを差し引いても大発見であったといえるように私には思われます。同様な再現性の問題はSTAP細胞にもあり、STAP細胞の存在が事実であるといたしますと、再現性を妨げている要因を見出すことが当面の重要課題ということになります。
常温核融合に関してはまだまだ海のものとも山のものとも判断できないのですが、それならそれできちんとした形で研究を再開すれば良さそうなものです。しかしながら最初に間違いと決め付けてしまったことが尾を引いて、現在でもまともな研究機関はこのテーマを避ける傾向があります。ネイチャーも常温核融合関係の研究論文は掲載を拒否するとしており、こんな研究をしていたら職業的研究者はやっていけないということになります。
でもこの現象が事実といたしますと、その工業的意義は計り知れません。さまざまに試みられております常温核融合の一つでは、重水素とリチウムの代わりに、普通の水素とナトリウムないしカリウムといったごくありふれた元素を使用するものもあります。こんな反応が実用化されてしまいますと、文字通り海水が燃料に化すわけで、エネルギー問題など一挙に解決してしまいます。民間企業にしてみればこの研究に取り組む意義は大いにあるわけで、腰の引けている学術社会を尻目に民間での研究が活発になされるのもむべなるかな、です。
常温核融合の経緯を見ておりますと、大発見とされた研究発表にも多少の間違いが含まれていることがあり、これを否定した後にほとんど正しかったことが明らかになることもあり、でも社会的な評価は最初の否定的見解で決まってしまうこともある、という一つの例となります。ひょっといたしますと、STAP細胞も似たような経緯を辿る可能性もあり、そうであれば小保方氏にもまだまだ民間企業などで活躍する機会もありそうです。
なお、STAP細胞をめぐる社会現象に関しましてはYahooニュースの記事(現代ビジネス)が核心を突いているように私には思われます。ただし、「率直に言って、30歳そこそこの大学院出たばかりの研究者がノーベル賞級の研究成果が出せるものかと疑う」との著者の感想は的を外しております。
実は、独創的な研究を行う研究者の年齢は30歳あたりがピークであるといわれておりまして、その後は研究者としての能力(独創性なり創造性なり)はどんどん低下していくのが現状です。わが国では、研究者としての能力がピークとなる年代の研究者に自由に研究をさせずに下働きにこき使うのが現状で、画期的成果が生まれ難い社会構造となっております。これは、わが国の研究開発における大きな問題であると、私は常々考えております。
(2022.4.14追記)上記記事を書いた後に、国内でもいくつかの関連する研究発表が行われたことが、Wikipediaのまとめ(Weblio)に掲載されております。
荒田氏の論文を見ますと、常温核融合と固体核融合は区別しなくちゃいけないとしており、荒田氏は固体核融合を押しております。上のWeblioでは荒田氏の発表を多少怪しんでいるのですが、いずれにせよ、何かが起こっていることだけは確かな様子。これをエネルギーとして取り出すのが大問題なのですが、、、