先日のブログでレオン・レーダーマン著「量子物理学の発見/ヒッグス粒子の先までの物語」を読んだのですが、スピンに関する話題から先が消化不良となっておりました。
スピンに関して、その後もつらつらと考えていたのですが、これまでに考えたことをここにメモしておくことといたしましょう。
まず、素粒子のスピンとは何か、いかにしてこれが検出されるか、ということですが、有名なのがシュテルン=ゲルラッハの実験でして、リンク先(Wikipedia)の絵にありますように、一方の極(図ではN極)の先端をとがらせて、他方の極(図ではS極)を平らにして形成される磁界中に粒子を通すと、ビームが二つに分かれることから、粒子にはスピンがある、と考えられております。
この実験をより厳密な形で述べれば、図のN曲付近では磁束が集中するため磁界が高く、S曲付近では磁束が広がるために磁界は小さくなっております。つまり、粒子の通り道には磁界強度の勾配(傾き)があります。このようなところを磁気双極子(短い間隔を隔ててN極とS極が対になっているもの。小さな磁石など)を通しますと、磁界の勾配に応じて磁気双極子は力を受ける、というわけです。
巨視的世界では、磁気双極子は円環電流によって生じます。電子がマイナスの電荷をもつ広がりのある存在であれば、これが自転運動をすることで円環電流が生じ、磁気双極子となります。そういうわけで、シュテルン=ゲルラッハの実験は、電子のスピン(回転)を示す実験と受け止められているわけです。
ところで、回転を表す際に、回転軸が一般的に用いられています。回転は円運動であり、二次元的な平面内での運動なのですが、これに直交する向きのベクトルとして回転を表しているのですね。しかしながらこのようなことができるのは、空間が三次元だからであって、三次元で議論する限りでは回転軌道を含む平面に二つの次元が使われれば、残る次元は一つであり、この方向にベクトルを定めればよいのですが、これを四元時空の中で議論しようとすると、ベクトルは一つには定まりません。
このような問題は、ベクトルポテンシャルの回転として電磁界を与える際に表れてまいります。ベクトルポテンシャルは四元時空の内部で定義され、そのうち二つの次元が作る平面内部での回転が磁界と電界を作ります。空間内の二つの軸がなす平面内での回転が磁界となり、一つの空間軸と時間軸がなす平面内での回転が電界となるのですね。
磁界も電界も、それぞれ空間的な三次元ベクトルで三つの方向の成分をもつのですが、磁界は使われなかった空間軸の方向がベクトルの成分となり、電界は使われた一つの空間軸の方向がベクトルの成分となります。
では、スピンの場合はどうなるのでしょうか。それが本当に回転を表していると致しますと、四元時空では6つの成分を持ちます。粒子の経路方向の回転とは一体何でしょうか。実は、粒子の軌道は粒子に固定された座標軸では時間軸に相当します。時間軸の周りで回転しているというのは良いのですが、それは空間的にどの方向に回転しているのでしょうか。
実は、三次元空間で回転が軸を与えるのは、回転が二つの次元を規定するために、三次元空間では一つの軸しか残らないからであって、四元時空では回転が規定する二つの次元以外に二つの軸が残ってしまうのですね。電磁界の場合は、時間軸を特別扱いして、二つの空間軸が残るなら、それ以外の一つの軸が電界の方向を規定し、一つの空間軸が残るなら、それが磁界の方向を規定するとしております。
しかし、よく考えてみれば、スピンが実際に観測されたわけではなく、観測しているのは傾斜磁界中での粒子の曲り具合であって、粒子が磁気双極子になっていると考えることまでは妥当であるとしても、それが回転しているなどということは観測されているわけではないのですね。つまりは、曲がった方向がわかるだけですから、その方向をスピンの向きと指定すればよいこととなります。
で、経路方向のスピンとは、粒子に固定された座標系からみれば、時間軸方向に分極した磁気双極子となっているということですね。
時間方向にスピンした粒子は、実験室でも作ることができそうです。つまり、経路に沿って磁界が変化するような、たとえば軸方向に電流密度が徐々に変化するソレノイドの内部に粒子を通してやることによって時間方向(経路方向)にスピンした粒子をつくることができそうです。この時、スピンの方向に応じて粒子の速度が二つに分かれ、出口で横方向の磁界を与えることでスピンに応じた二つのパスに粒子を分けることができそうです。
(10/3追記:上の議論は誤っております。時間方向の磁界は作ることができない、が正解です。粒子に固定された座標系からみれば、ソレノイドが反対方向に移動しているわけで、ソレノイドの空間的な移動方向の逆向きにスピンした粒子ができるだけです。)
一方、運動していない粒子に対しても、時間軸方向の磁界の変化を与えることができます。つまり、粒子に印加した磁界を時間的に変化させてやればよいのですね。この時、スピンに応じて時間方向に粒子が引っ張られるなどということが起こるでしょうか?
これが難しいのは、時間軸方向に粒子を引っ張るためには、印加する磁界の向きを時間軸方向にする必要があるということ。四元時空におけるベクトルポテンシャルの回転によって磁界を定義すると致しますと、時間軸方向の磁界など作ることができない。なんとなれば、二つの空間軸の張る面内でベクトルポテンシャルの回転が、残りの一つの空間軸方向の磁界をつくるのですね。というわけで、残念ながら、この実験は成立いたしません。
その他、シュテルン=ゲルラッハの実験を(素粒子レベルよりははるかに大きい)普通の粒子を通過させる形に変形することもできそうです。この時、粒子が常磁性体であれば強い磁界の側に引き寄せられるでしょうし、粒子が反磁性体であれば弱い磁界の側に引き寄せられるはずです。
そう見てみますと、スピンの+とーは、それが右回りか左回りかということではなく、常磁性・反磁性に相当する物性値と捉えたほうが妥当であるような気も致します。スピンが回転の向きであるならば鏡像対象性を持つことも期待できるのですが、物性値であれば鏡像対象が成り立つことなど期待する理由がないのですね。
そう考えますと、パリティ対称性の破れといいますものは、そうそうびっくりするような現象でもないような気もしてまいります。まあ、実際にそれが生じているのですから、驚くこと自体、間違ってはいたのですが、、、
9/30追記:スピンが回転ではなく素粒子の物性値であるという発想について、もう少し書いておきましょう。
まず、この物性値は、粒子に固定的な特性ではなく、常磁性と反磁性は、偶発的に表れているはずです。なにぶん、粒子固有の変わらない特性であれば、隠れた変数があることになってしまいますから。
もう一つ、磁性体のアナロジーでは、硬磁性体である可能性と軟磁性体である可能性の二つがあります。もしもこれが軟磁性体的に振る舞うのであれば、スピンと異なることを実験的に示すことができるはずです。果たしてこのような実験は行われていたのでしょうか。ちょっと興味がありますね。
この実験は非常に簡単で、粒子が順に通過するように二つのシュテルン=ゲルラッハの装置を並べて、磁場の勾配は同じで磁極の向きだけを逆向きにすればよいのですね。つまり、磁極の形状は二つの装置で同じになるように並べ、尖った側の磁極が一方はN極、他方はS極となるように電流を流せばよいわけです。
粒子が硬磁性体的性質を示す場合は、粒子は二つの装置で逆向きの力を受け、分割されたビームは一つにまとまります。一方、軟磁性体的性質を示す場合は、粒子の受ける力は磁場の勾配にのみ依存するため、粒子は双方の装置で同じ向きの力を受け、ビームはますます広がることとなります。
この実験が大きな意味を持つのは、後者であった場合で、この場合、スピンといわれていたものは回転ではないことが明らかになり、したがって鏡像対象など最初から期待すべくもない、ということになります。
10/4追記:素粒子のスピンを材料の磁化というアナロジーで理解しようとの着想を、もう少し発展させておきましょう。
まず、磁性体の場合は、磁化の発現する方向(磁化容易軸、C軸とも)があります。素粒子の場合は、スピンの計測によりこの方向が定まり、これに直交する方向の計測が行われると、この軸は計測した方向に向いてしまうのでしょう。素材は結晶という固定的なものが伴っているのですが、素粒子にはこのような確かなものはないはずです。
スピンに正と負があるということは、磁性体のアナロジーでは、常磁性体的性質を示す場合と、反磁性体的性質を示す場合の二通りあることに対応している、と考えられます。磁性材料の場合は、材料の種類によっていずれの性質を示すか定まっているのですが、素粒子の場合には、磁化の発現する方向が定まったときにいずれの性質を示すかが確定することとなります。そして、この性質は、これに直交する測定が行われるまで維持されると考えることで、スピンに関する物理現象を説明することができます。
ここまでは、最初の着想そのものなのですが、9/30日の追記に書きましたように、素粒子の性質が硬磁性体的であるのか、軟磁性体的であるのか、という点が一つの問題となります。さらに、磁性材料の場合は、硬磁性体と軟磁性体の二つに完全に分けられるわけではなく、中間的な性質を示すものもあります。さらに、磁性材料ではあまり表に表れないのですが、磁化が時間的に緩和するということもあり得ないではありません。
前者は、印加された磁界の強度に応じて軟磁性体的性質を示すか硬磁性体的性質を示すかが決まる、という問題であり、後者は、二つの測定を行う場合に、その間の経過時間によって磁化の方向(いずれがNでいずれがSか)が保存されている場合(硬磁性体的性質を示す場合)と保存されていない場合があり得る、という問題と言い換えることができます。(なお、磁化が保存されなくても、磁化容易軸の方向と、常磁性体的か反磁性体的か、という性質は保存されなくてはいけません。)
つまり、9/30日の追記に書きました実験の結果は、測定に用いました磁界強度に依存するかもしれないし、二つの測定間の時間間隔に依存するかもしれない、ということですね。もしもそんなことがありますと、これは素粒子の新しい性質ということになり、非常に面白いこととなります。
もちろん、これまでのスピンの測定で、あまりおかしな現象が見出されていないということは、素粒子は完全な硬磁性体として振る舞っている、ということであるのかもしれないのですが。
この議論は、さらにこちらでも行っております。
2018.12.10追記
空間的なスピンと時間的スピンを分けて考えることもできる可能性に思い当たりました。ひょっとして、これが事実なのでしょうか?
まず、シュテルン=ゲルラッハの装置で検出できるスピンは、回転軸が進行方向に直交しているスピンです。
三次元空間で考えれば、進行方向が一つの軸になりますので、スピンとして独立なのは他の二つの軸ということになります。
で、この装置で検出できない、進行方向のスピンをカイラリティと呼ぶのではないか、ということですね。粒子の進行方向は、粒子にとりましては時間方向ですから、この軸に特殊な意味を与えることは無理がありません。
さて、スピンは面内の回転(cur)で定義されますので、四元時空中の回転としてスピンを定義しようとすると、4つの次元から面を構成する2つの方向を選び出す必要があります。その組み合わせは12通り、符号だけが異なるものをひとつとみなせば6通りということになります。
これは、ベクトルポテンシャルの回転で与えられる電界と磁界と同じ事情で、電磁界の場合は、時間軸と一つの空間軸のなす面での回転が電界の三つの成分を、二つの空間軸のなす面での回転が磁界の三つの成分を与えております。
一方で、スピンは3つの方向しか考えられないわけで、この矛盾した状況をどう考えるかが一つの謎ということになります。
しかし、スピンが「観測者に対して移動する粒子を測定した際に得られる情報」という形で定義されていると考えますと、ここには無理がなくなります。
つまり、観測者が移動する粒子を見れば、粒子の進行方向と、これに直交する二つの方向に対してスピンが定義できるわけですから。
そうであるなら、プロペラやコルクの栓抜きのスクリューの喩も、なんら無理のない喩と言えます。
これを正当化させる根拠は、「物理学は、外界の事物そのものではなく、観測された世界の挙動を記述する学問である」とする考え方です。
この考え方につきましては、最近のこのブログでも「カント式の世界認識と物理学」というエントリーでまとめております。この考えに従えば、観測問題にも、おかしなことは何ら存在いたしません。
カントによれば、人はもの自体を知りえず、その知覚が処理されて精神内部に現れた結果(表象)を知るのみであるといたします。従いまして、物理学も、もの自体ではなく、表象がどのような挙動を示すかを記述するしかない。
もの自体の世界は四元時空として動いているのだけれど、人が観測するスピンは移動する粒子の進行方向とこれに直交する二つの方向を軸とする計三種類だけである、ともいえるのですね。
さて、この理解は正しいのでしょうか?
これが正しければ、静止している粒子のスピンは、測れないことになるのですが、どうでしょうか? 確かに、静止している粒子のスピンは、相当に測り難そうではあるのですが、、、
スピンは運動量の回転なのですが、運動量が速度を含んでいるという事実は、状況をややこしく致します。これについては、いずれ改めて考得たいと思います。
一つの面白い着想は、四元時空から現在に相当する三次元空間を切り出す際に、それほどシャープには切り出せない、という考え方が成り立ちそうです。
これは、不確定性原理によるもので、時間方向の不確定性とエネルギーの不確定性の積に下限がありますから、切り出された三次元空間は時間方向に多少の広がりを持つこととなります。
これがスピンや運動量一般とどのように関係するかは、よくわかりませんが、一つ気づきましたので記録しておく次第です。