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一億総中流、日本人の中流意識は大いなる嘘

この手の話し、まず、疑って掛からなくちゃいけません。

これ、「下」、「中の下」、「中の中」、「中の上」、「上」の5段階に分けたとき、真ん中の3段階のいずれかに自分がいる、と思っているヒトを中流といってるわけで、だから、完全に均一に分布していても、6割は中流になるはず。

しかも、生活水準って、いろいろな要素の和である、という性質があります。つまり、自由になるお金の多さとか、住んでいるところとか、収入とか、資産とか、社会的地位とか、家系とか、学歴とか、、、

で、「中心極限定理」という数学的な定理がありまして、これ、ランダムな数字を足していくと、その分布は正規分布に近づく、って法則。

つまり、生活水準の分布は、中心が多く、両端に裾を引いた形になるはず。ならば、真ん中に近い所を回答するヒトが多いのも当たり前の話です。

そもそも、「日本人は、、、」なんていう前に、同じ調査を各国でやったんでしょうかね。

こういう調査がいやらしいのは、生活水準、なんて単一の指標を使いたがる所。クルマのためなら全てを犠牲にするヒトは、クルマを基準に考えればよいのだし、学問なり芸術なりの道一筋、という人生も、それなりに豊かな人生ではあります。美食を追及するもよし、肉体を鍛えぬくもよし、恋愛一途、なんて人生も楽しそう、、、年金で細々と暮らす老人が見事な盆栽の手入れをしているなんて、絵になりますね。

人生、多様な楽しみを見つけなくちゃいけない。そういう生活を、一本の物差しで測ろうなんてのが、貧困な発想です。

結局の所、この大嘘つき、そもそもの出発点から間違っている。あえて5段階評価すれば、相当に「下」のヒトの仕業であった、と判定いたしましょう。上流であることの一つの条件は、「精神の高貴さ」なのですから、、、