最初にお断りですが、気の早いサンタさんが涼宮ハルヒの憂鬱 6 限定版を届けてくださいましたので、本日は多分夜更かし。よって明朝の「相場を読む」はお休みする可能性が高いと思います。
というわけで、本日ご紹介いたします書物は、橋元淳一郎著「時間はどこで生まれるのか」です。集英社新書のこの一冊、お値段も手ごろだし、内容も平易の、お奨めの一冊ではあります。
1. 時間に関する誤解
で、その内容ですが、物理学者による時間論の入門、といったところ。まあ、内容に多少の問題なしとはしないのですが、これにつきましては、内容をご紹介する中で触れることにいたしましょう。
まず、特殊相対性理論の帰結であります、4元時空、という観点から時間について論じます。これにつきましては、本ブログでも「虚数時間の物理学」と題しまして長々と論じましたことと基本は同様、時間は空間と同じ概念であって、ただ実数虚数の違いがあるだけである、ということを説明いたします。
まあ、本ブログとは多少の違いがあるのですが、時間を実数に、空間を虚数にとる同書の扱いも、時間を虚数に、空間を実数にとる本ブログの扱いも、本質的な違いはありません。また、図の縦軸と横軸が入れ替わっているのですが、これも表現上の違いだけなのですね。
その次に、量子論の世界での時間を解説いたします。ここの書き方は少々問題のある書き方でして、ミクロの世界では時間も空間も消失する、と書くのですが、これは少々問題。一つには、不確定性理論により、厳密な測定ができない、ということと、測定されない限りパスが確定しない、ということなのですね。
その次のP81「陽電子は時間を逆行する電子である」とのキャプションの付きました図は噴飯もの。なにぶん、縦軸に時間軸をとっており、そこに描かれました電子のパスに矢印が付いている。その電子は、時間を逆行しているのだ、といいたいのでしょうが、時間軸を含めてしまった以上、図そのものが運動を示しており、運動の方向を示す矢印の向きを勝手に変えることなど、できない相談なのですね。
次のページに、これと似たような、ファインマン図形がかかれておりますが、こちらはすべての矢印が時間軸と向きが合っておりまして、矛盾はありません。時間を逆行する、という物言いは穏やかではありません。「あえて言うなら」程度の枕詞を置くのが妥当ではないかと思います。
以前のこのブログでご紹介いたしましたように、4元時空という解釈の元では、速度が時間方向の単位ベクトルに相当するのですね。つまり、静止している我々(時間内意識)も、時間方向に時速1時間で移動している、というわけです。
我々から運動している座標系を見ますと、その座標系の空間成分も移動しておりまして、これが3次元空間でいわゆる速度に相当するのですが、これにその座標系の時間成分を加えました4元速度が、その座標系における時間方向の単位ベクトルに相当いたします。
この4元速度は、その座標系における「局所時間」と呼ばれるもので、移動している座標系の時間軸そのものを示しているのですが、静止座標系における時間軸とは少々ずれておりまして、この結果、時計の遅れなどなどの、いわゆる相対論的効果が生じる、というわけです。
2. エントロピーに関する哲学的考察
その次に、エントロピーの話が出てまいります。ここで少々誤解を招きそうなのが、生物とエントロピーの関係でして、実のところ、生物内部で生じていることは化学反応であり、熱力学の第二法則、すなわちエントロピー増大の法則の例外ではないのですね。(2017.3.1追記:これにつきましては、シュレディンガーの「生命とは何か」を真に受けた結果の誤解であるかもしれません。本ブログの記事「シュレディンガー「生命とは何か」の間違い、あるいは「エントロピー増大」の誤解について」をご参照ください。)
エントロピーに関しては、価値観といいますか、観察者の問題がありまして、時間方向に対象である例も示すことができます。同書もそういいたいのでしょうが、少々説明が混乱しております。ここでは、他の例をご紹介いたしましょう。
まず、数十行書き込むスペースがある紙と鉛筆、そしてダイスを二つ用意いたします。
紙の最初の行の左側、欄1から6に、1から6までの数字を書きます。
ついで、ダイスを振ります。このときゾロ目が出たら振り直すことといたします。
次に、1行目の数字を2行目に書き写すのですが、ダイスの目に対応する欄の数字は入れ替えることとします。
この作業を繰り返しますと、最初は規則的に並んでいた数字が徐々に乱れ、数行目から下は、ほとんどランダムな並びになるはずです。これがエントロピー(乱雑さ)増大の法則、というわけですね。
さて、エントロピーは、過去に向かっては増大するのか、減少するのかを試してみましょう。これは、先ほどの実験結果を利用して、次のように行うことが可能です。
まず、適当なところ、例えば20行目が現在であると仮定いたします。
作成済みの表の右側、20行目に相当する位置の欄11から16までに1から6の数字を書き込みます。
20行目の右側と左側を変換規則として、左側の表(欄1から6)を右側の欄11から16に書き写します。この変換規則といいますのは、20行目の欄1が5なら、左側の表の数字5に対応する右側の表の欄をすべて1とし、20行目の欄2が3なら、左側の表の数字3に対応する右側の表の欄をすべて2とする、という意味です。
さて、この結果できます右側の表は、新たに現在と考えます20行目を基準に番号を付け直しただけであり、何も不思議なことは行っていないのですね。で、確かに20行目より下は、徐々に乱雑さが増大しておりまして、先ほどの実験結果と同様の結果となりました。
ここで問題は、過去、でして20行目より上を見ますと、過去に遡るにしたがって乱雑さが増す。つまり、エントロピーは時間に対して対称的に振舞います。言葉を変えますと、ある時刻を基準に均一さを定義するなら、それより過去においては、エントロピーは時間と共に減少し、基準時刻以降はエントロピーは増大する、ということになります。
これは同書では、ある時刻に右側半分の玉に赤いペンキを塗って、玉の入れ替えを行う実験に相当いたします。当然の結果として、未来に向かって赤い玉は白い玉と混ざり合うのですが、玉の入れ替えがそれ以前も起こっており、赤いペンキが塗られることになる玉の動きを過去に遡ってトレースすると、未来に向かってと同様、過去に向かっても乱雑さ(エントロピー)が増大する、ということがわかるのですね。
もちろん、こんなことは、玉に番号を付けて入れ替える、などという実験を想定するから言えることでして、化学反応や熱の伝達で問題となりますエントロピーの増大は、分子運動という、目には見えない、意図的な操作もできないところで起こっている現象でして、この場合は、常に時間の経過に伴ってエントロピー(乱雑さ)は増大してしまいます。
まあ、エントロピーの話に、玉を用いた実験を持ち出すことは、少々不適当である、ということでしょうね。
3. 意識と時間
さて、最後に、意識と時間との関係ですが、これは比較的単純な話ではないかと思います。つまり、我々の脳内で生じている現象は化学反応であり、時間方向での変化に対応して意識が変化する。だから我々は時間の経過を感じる、ということなのですね。
我々の意識とは関係なく存在する宇宙は、時間方向に広がりを持っている、ということは4元時空を考える以上認めないわけにはいかず、この世界は既にお話が出来上がっているDVDのようなものであるのかもしれません。しかし、仮にストーリーが固定したものであるとしても、我々は順次その物語を追うしかなく、我々にとっての未来は開かれたものである、という見方をなんら否定するものではない、と私は思います。
この宇宙が実は凍った存在であるなどといいましても、これが真でありえるのは、我々の意識の外にある、我々が知ることのできない世界の話であって、我々の知りうる世界においては先のことなどわかりません。自由なる精神は元々健在であるし、あるがままの宇宙のことなど、どうでも良い話、でもあるのですね。
というわけで、この本、私の見方とは少々ずれがあるのですが、まあ、読んで損はない本ではあります。
本日のブログ、少々急ぎすぎですが、ハルヒが待っております。本稿、必要であれば明日にも修正することといたします。
虚数時間の物理学、まとめはこちらです。最新のまとめ「虚数時間とファインマン氏の憂鬱」も、ぜひどうぞ。