中村ゆきつぐ氏の4/18付けBLOGOS記事「アベノマスク評価 有事な対応としてのマスク必要性の広報・危機管理分析…」にコメントしました。
アベノマスクを配布するに至った直接の動機は、当時町中からマスクが姿を消してしまったことから、これを鎮静化する、ということであったと記憶しています。だから、「繰り返し使える布マスク」を「全世帯に配布」したのですね。
当時の世界の常識では、1ミクロン以下のウイルスは、マスクの目を通り抜けるから、健常者がマスクをしても効果なしというものであり、病気の人が咳の飛沫を飛ばさないためにするというものでした。
ところがアベノマスク配布と時を同じくして、無自覚の感染者からも新型コロナウイルスを他人に感染させるという事実がわかり、また、咳による飛沫がかなりの長距離飛散することがMITの研究で明らかになり、がぜん、自覚症状のない人もマスクを付けることがコロナの感染防止に効果的であることに、世界の常識が変わってしまったのですね。
その結果、世界が安倍総理の方針に追従するようになった。世界中で、すべての人にマスク着用が推奨され、パリの社会党市長はアベノマスクもどきの配布に踏み切ったりもしたのですね。
https://agora-web.jp/archives/2045394.html
ある意味これは快挙ですよ。たまたまにせよ、我が国独自の政策を世界に先駆けて実行したら、それがまさにベストの政策であり、世界がこれに追従するなどということはめったにあるものではない。みなさん、あまり安倍さんを称賛したがらないのでしょうけど、これは大したものでした。少々の国家予算を使う効果は十分にあったというものです。
他の方のコメントに返信しました。
Shinichi Yokoi
当初から自分はかなり評価し、期待していた。
ただ、残念なのは郵便での配布が結果的に遅れた。
もっと早く配る方法がなかったのか。
官僚の縦割りの弊害がここでも露出したのでは。
加藤洋行
「マスクが足りない」→「マスクを全戸配布しよう」って少々短絡的な気がしますね。「マスクが足りない」→「マスクの作り方を広報しよう」とならなかったのは、なぜなんでしょう。東大法学部卒の優秀な秘書官が安倍さんのそばにいたのに。
瀬尾 雄三
あの時、マスクが不足したのは、大量のマスクを買いだめする人たちが存在したのですね。それで儲けるというよりは、不安に駆られての行為だったとは思いますが、店先でマスクを見かけたらすぐに買うなんてことをされると、いつまでたってもマスクは不足したままになります。
だから、一月後に繰り返し使用できるマスクが手に入る、というアナウンスには、この手の買いだめが防止されるという効果があったのですね。つまり、さしあたりひと月分のマスクを持っていたら、それ以上は不要になるわけですから。
加藤洋行
瀬尾 雄三
>あの時、マスクが不足したのは、大量のマスクを買いだめする人たちが存在したのですね。
そこです。それに対しても「マスクは自分で簡単に作れますよ」広報は有効です。「別に買わなくていい」と世間が認識すれば、転売ヤーも買占めしなくなる。あのとき「マスクは買うもの」と思い込み、少しパニックになっていた。ボクが子どものころは母親がガーゼでマスクを作るのが普通だった。高齢者だったらそれを知っているはずなんだけどね。瀬尾さんはあのとき「マスクなんて自分で作ればいい」と思わなかった?
瀬尾 雄三
加藤洋行 さん
> 「マスクなんて自分で作ればいい」と思わなかった?
マスクは、一応は医療器具ないし保護具ですから、本来は、きちんと所定の性能があることを確認されているものを着用しなくてはいけません。
巷にマスクの型紙があふれ、ファッショナブルなマスクが流行るのは、どこかが狂ってます。銀行強盗みたいなマスクを付ける人に至っては、何を考えているかと思いますよ。挙句の果てに、ウレタンマスクは効果ありません、ですからね。なにやっているだか、、、
それにしても、厚労省のお役人は間が抜けております。こんなおいしい世界があるのに、誰も手を出さない。まあ、良識のなせるわざかもしれませんが、日本マスク検定協会でも作り、技術基準をパスしたマスクには認定証(小さなシールなど)を発行する。当然ただではないわけで、お役人の天下り機関が一丁出来上がるという寸法です。
トイレの便器にJWWAなどという小さなシールが貼ってあるのを見るたびに、ハハーン、食い物にされてますね、などと思っておりました。実際のところは、この手の組織も見直していかなくてはいけないわけで、そういう意味では、マスクの検定をやらないことは、それはそれで、意義深いことではあるのですが、、、
とりあえずマスクは必須