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以前のこのブログで「現象学は客観を否定してしまった」、「客観という用語を再定義しなくてはならない」、などと書いてしまいましたが、現象学の創始者、フッサールは、客観という言葉を再定義して使っている、ということに気付きましたので、本日はこのお話をいたしましょう。 ... "デカルト的省察におけるフッサールの客観再定義" を続けて読む

今朝方「コギトに帰れ」などと書いたためか、ちょっと気になって「よみがえれ、哲学」を読み返しました。現象学者、竹田青嗣、西研両氏の対談形式のこの本は、お買い得NHKブックスの本体価格1,120円となっております。 ... "現象学者の恨み節?「よみがえれ、哲学」を読む" を続けて読む

かつて現象学盛んなりし頃、「コギトに帰れ」などということが盛んに言われたものですが、ここは「デカルトに帰れ」と言うべきだったのではないだろうか、などと、最近考えております。何しろコギトはデカルトの思想のごく一部。デカルトは、当時一線級の自然科学者で、座標幾何学の創始者であるばかりか、人体機械論を唱え、あっさり日和ってしまったものの、ガリレオと同時代にして地動説を支持していたのですね。 ... "うぬぼれる脳、を読む" を続けて読む

このところ書く方に専念しているようなこのブログですけど、たまには読むこともいたしましょう。

というわけで取り出だします一冊は無意識の脳自己意識の脳。アントニオ・R・ダマシオ著、田中三彦訳で講談社から出ておりますこの本は、412ページと厚めの本でして、お値段のほうも2,800円と少々張りますが、2003年の出版と比較的新しく、最近の脳科学の進歩について、ある程度フォローしたものとなっております。 ... "“無意識の脳・自己意識の脳”を読む" を続けて読む

先週のこのブログに掲載いたしましたオブジェクト指向の哲学ですが、あまりにも短い文章に内容を詰め込みすぎたため、非常にわかりにくい、誤解を招きやすいものであったように思われます。そこで、最初の部分を、以下にご紹介いたしますように、書き直してみました。 ... "オブジェクト指向の哲学(改版その1)" を続けて読む