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虚数時間の物理学―4元速度と運動量―

前回議論いたしました虚数時間の物理学の続きです。この物理学は、現在の物理学教育の流儀とは少々異なり、ミンコフスキー流の時空概念を一歩進め、時間は虚数的に振舞うという前提の上に物理学を構築しようという試みです。

前回はローレンツ変換が不要で、互いに等速運動する座標系の間での座標変換は回転変換である、というところまでお話いたしました。本日は、速度について考えてみましょう。なお、以下の議論では、光速を1とするように単位系を選ぶことを前提としております。

まず、速度は位置と時間の関係であり、4元空間(ミンコフスキー流に言えば時空)の中では、速度は方向を示す量であると考えられます。

静止している物体は、この時空の中を時間方向に向かって移動しています。空間的な速度は単位時間あたりの移動量で定義されますから、時間成分も同様に考えますと、(0, 0, 0, 1) ということになります。ここで、速度の時間成分は分子も分母も時間であり、虚数を虚数で割っているために、実数となります。

次に移動している物体の速度の4元表示は、単純に考えれば(vx, vy, vz, 1)となります。この4元ベクトルは、たしかに、移動している物体上に取られた時間軸の方向を向いています。しかし、その大きさは√(vx^2 + vy^2 + vz^2 + 1)であり、1とは異なります。速度の定義である単位時間あたりの移動量とするため、この大きさで全ての要素を割り返さなければいけません。

虚数時間では距離と時間の比である速度(vx, vy, vz)は虚数になります。三次元的な(実数表示の)速度u = (ux, uy, uz) = i(vx, vy, vz)を用いて書き直しますと、上記絶対値は√(1 - u^2)となり、ファインマン物理学IVに書かれた式と一致します。

ファインマン物理学では、ローレンツ変換に対して不変な量というものを常に考えながら4元速度を求める必要があったのですが、時間が虚数的に振舞うという前提を受け入れますと、ローレンツ変換を無視しても時空内で正しく振舞う4元ベクトルが求められます。

虚数時間を受け入れることのもうひとつのメリットは、4元速度に対する具体的なイメージがつかめることでして、結局のところ、4元速度とは、その速度で移動している座標系の時間軸方向の単位ベクトルとなります。これは、運動する物体に固定された座標系上では、物体の空間的な速度はゼロであり、物体は時間方向にのみ移動していることから、容易に理解されると思います。

速度に静止質量を掛けると運動量が得られます。4元速度の時間軸方向の成分は(静止座標系からみた)見かけの質量を示しており、運動する物体の持つ全エネルギー(つまり静止質量と運動エネルギーの和)、ということになります。

さて、次はいよいよ電磁場、ということになるのですが、これは少々難物で、この部分の論理展開には、少し時間をいただきたいと思います。


ところで、前にご紹介いたしました相対性理論の考え方ではこのあたり、どう扱っているか、とみてみましたら、なんと虚数が出てきます。

同書50頁の(4.30)式では、w4(τ) = ic / √(1 - u^2(t) / c^2) としております。ふうむ、こんなところに虚数を使うなら、最初からローレンツ変換など不要だったのではないかと思うのですが。

どうも、現在の物理学の教え方は、必ずしもひとつのやり方に統一されているものではなく、虚数を完全に消し去ったファインマン流の扱いから、少しだけ用いるやり方まで、種々の流儀が混在しているように思われます。

もちろん、虚数を使わないファインマン流のやり方も、何故に時間と空間で符号を反転しなくてはならないのか、という謎はあるのですが、虚数を中途半端に使用するという流儀では、なぜそこに虚数を使わなければならないのか、という明確な説明が付けにくく、最初から時間は虚数的に振舞うという大原則を受け入れてしまった方が、よほどすっきりするのではないかと思います。

この場合の問題は、ローレンツ変換という、非常にポピュラーな物理法則が消えてしまう、という教育上の大問題があるのかもしれませんが、これは、時間を実数表記すればローレンツ変換が現れる、ということも解説しておけば宜しいのではないでしょうか?


その他、運動方程式はd(m0 v) / dt = fで表わされます。ここで、fは外力で、その時間成分はゼロとします。

粒子に固定されている座標系の空間方向の単位ベクトルをxyzといたしますと、外力fの各空間軸方向の成分はxfyfzfで表わされ、時間軸方向の成分はvfで表わされます。ここで、「・」は内積の演算記号です。また、速度vは時間軸方向の単位ベクトルであったことを思い出してください。

つまり、4元ベクトルで表示された運動方程式は、空間成分は(速度が小さい場合)ニュートンの運動方程式と同等で、時間成分は外力による仕事がエネルギー変化を与えることを意味しています。

ファインマンの物理学IV(77頁)では、4元ベクトル表示された力を3次元実数表示した速度ベクトルuと外力Fを用いて次のように表現しています。

fμ = (Fu / √(1 - u^2 / c^2), F / √(1 - u^2 / c^2))

ここで、vuに書き改めました。また、右辺最初の項がひとつの時間成分を、二つめの項が3つの空間成分を表わしています。分母は虚数時間の理論では速度vに含まれていたもので、この部分の複雑さは実質的に変わらないのですが、外力の時間成分が外力と速度の内積にならなければいけない必然性がクリアーではありません。もちろん、ローレンツ変換が正しく行われるようにそうしている、という事情は説明されているのですが、非常にわかりにくい説明になります。

一方、虚数時間を用いる体系では、力の時間方向成分がゼロである、という仮定を置くだけでして、そもそも物体に時間軸方向に力を作用させる、ということが考えられないことから、この仮定は合理的と思われます。

逆に、ファインマン流の説明では、力の時間方向の成分が持つ物理的な意味を説明することが、非常に困難なのではないでしょうか。この運動方程式に関わる部分も、虚数時間を使うやり方は、他の流儀に比べて、相当にわかり易くなるのではないか、と私には思われます。


虚数時間の物理学、まとめはこちらです。最新のまとめ「虚数時間とファインマン氏の憂鬱」も、ぜひどうぞ。