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百田 尚樹「鋼のメンタル」を読む

本日は、百田尚樹氏の「鋼のメンタル」を読むことといたします。

同書の内容はいたって簡単。メンタルが強い、つまりは打たれ強い人間になるには、大いに打たれればよい、ということですね。さらには、大いに打たれるためには、誰にも遠慮せず、自分が正しいと思うことをやればよい、というわけです。最初の数ページを読めば同書の内容はおおよそ見当がつき、この線を外すことなく、周囲に広がりを持たせる形で同書は展開しております。

同書を取り上げたいきさつ

同書に関しては、BLOGOSの紹介記事に以下のコメントを付けておきました。

| タイトルを獲るような棋士は切り替えが早い。失着を打ったことに
| 気付くと、それは忘れて、現在の局面でベストの手を見出そうと
| する。それまでのストーリーを忘れて、そこから新しいストーリーを
| 考えていくというのかな

これは鋭い指摘ですね。

最近、さまざまな理由で批判を浴びた政治家も、失敗に対する言い訳をずるずると行って、かえって事態を悪化させております。

失敗は失敗とすっぱり認めて謝ってしまう。そして、次からベストの道を探していくのが良い、ということですね。

これは、囲碁の失着に対処するよりもさらに有利な状況であって、ゲームでいえば「リセット」してしまうようなもの。

これが難題を解決する、一番簡単な手であったりします。

と、いうわけで、同書は、色々と批判を浴びた政治家の方々にまずは読んでいただきたい書物です。でも、政治家以外の方々、特に、決断する立場にある方々には、同書は必読書であるとも言えそうです。

似たような出来事

といいますのは、同書58ページの以下の部分に思わず頷いてしまったのですね。かつて私がある企業に勤務していた際、ほとんど同じシチュエーションに立ち会ったからです。

おかしな喩えですが、乗組員のミスがいくつも重なって敵潜水艦の魚雷を受けてしまった巡洋艦があったとしましょう。艦には穴が開き、浸水が始まっています。そんな時、艦長以下乗組員たちが、雷撃を受けたことを悔やんで頭を抱えていたとしたらどうでしょう。あるいは「誰のミスでこうなった」と責任追及の会議が開かれたとしたらどうでしょう。いずれも艦は沈没を免れないでしょう。まずやらねばならないことは、浸水を食い止めて沈没の危機を回避すること、そして敵潜水艦の次なる攻撃に備えることです。

私の経験したのは、とある機器のサーボ系に問題が生じたときのこと。納品が迫っている極めて高額の装置で、特定の条件下で制御がうまくいかない、サーボ系が異常な振動を生じるという問題が発生いたしました。

実はそのサーボセンサーの信号処理回路を私が担当しており、その責任者でありました私も、会議の席に呼び出されたのですね。

話を聞けばその原因はすぐにわかります。信号処理に特定の機能を作動させると、遅れが発生する。この旨は先方の開発担当者には伝えてあったのですが、この情報がボードを使用する担当者にまでは、きちんと伝わっていなかったのですね。まあ、文書化していなかったことは、私のミスでもあったのですが、、、

で、これをその会議で説明したときの反応に私は驚いてしまった。

君の話は、だれも理解できない」というのですね。

そこで、「サーボの専門家を呼んで来い」という話になり、急きょ駆け付けた計装担当課長が私の話を理解して、すぐに現場に情報がフィードバックされ、さしもの大問題も一瞬で片が付いた、というわけ。

このとき、私は、とても不思議な気持ちがいたしました。サーボ系が大トラブルを起こして、これをどうするかという会議に、サーボの専門家がいない。いったいこの会議では、なにを話し合っていたのだろうか」というのが私の抱いた疑問だったのですが、結局のところこの会議の目的は、この問題の責任者を特定することだったのですね。

敗者への道

トラブルの責任が誰にあるかを特定することも、組織運営上は必要なことではあるでしょう。でも、大トラブルが発生しているさなかにまずなすべきことは、そのトラブルの原因が何であって、どうすれば解決できるのかを議論すること。

そもそも、トラブルの原因が特定できないのでは、誰に責任があるかということすら、判断することはできないはずです。弱い立場の者に責任を擦り付けてやろう、なんて下心が透けて見えます。

この部門の扱っておりました製品は、特に技術的に高度な製品であり、全社からもその技術は注目されておりました。でも、この部門の製品は、競合他社に後れをとっていたのですね。

なぜそんなことになるのだろうか、それが私の抱いておりました一つの疑問であったのですが、この会議に列席したおかげで、その疑問は解消いたしました。こんなことをしていたのでは勝てない。それしか言いようがありません。ここで責任者を見つけ出して責め立てたりしていては、勝負は負けが確定してしまいます。

と、いうわけで、この書物は幅広い方々に読んでいただきたい書物ではあります。内容は難しくありませんし、一時間少々で読み終えることができるはず。そして同書から得られるものは、強い組織をつくるうえで有益であろう、と私は考えております。

とはいえ、この程度のことは既にきちんとやっているところも多いでしょうし、そういうところには同書は大して役にも立たないでしょう。そして、こういうことのできていない組織を運営している人々には、同書は大いに役に立つはずなのですが、たぶん、私の話など聞こうともしないし、こんな書物を読もうともしないのでしょうね。

世の中そんなものだ、と思うしかありません。