木走正水氏の6/17付けBLOGOS記事「イージス・アショア配備停止をブースター落下問題に矮小化した防衛省の見解」にコメントしました。
> 日本では安全性に対する地元住民の不安をあおれば、最終的に政治の腰が折れるという悪い前例を作ってしまった <
これは前例も何も、元々そうである、というだけの話でしょう。
結局のところ、国防に対する国民の意識の低さと、これを煽る野党の存在がある以上、この点は致し方ない。我が国では、安全性に配慮してやるしかありません。
この部分は、防衛庁の説明が反転したこととも関連するのでしょう。つまり、米国側の開発担当者は、木走氏の感想と同様、この程度の物体の落下は大したことがないと判断して、場外に落ちるリスクを小さく評価していたのではないかと思います。
この部分は、仕様を出す側できちんと条件を出すべきところでした。もちろん、軍事技術の詳細は明らかにされないという事情があったのかもしれず、防衛相をあまり追求することも妥当ではないかもしれませんが。
いずれにせよ、新しいものを導入する以上、予定通りいかないことはままあることで、一々目くじらを立てるような問題ではありません。
また、方針変更に一々文句をつけるような風潮を作ってしまうと、問題を認識しても修正ができない、硬直化した体制を作ってしまうことにもなりかねません。
ここは大きな目で見ておくのが良いのではないかと思います。
防衛に関していうなら、米の原潜の出入りを自由にして、核ミサイルの方をもっと自由にやれる方にした方がより効果的なんだけどな。
比較三原則のうち、核持ち込ませないをはずす。
これ以上、キタや中国が軍事力を高めるというのであればそう言っておけばよい。