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岩田健太郎氏の6/23付けBLOGOS記事「なぜ、国ごとに差が出たのか。そして第二波がどうなるか」へのコメント

岩田健太郎氏の6/23付けBLOGOS記事「なぜ、国ごとに差が出たのか。そして第二波がどうなるか」にコメントしました。


支持しました。読むのに苦労したけど、、、

一つだけ、賛成できない点が以下の部分です。

> 市中の路上など、一般的な空間には感染者はほとんどいなかったのです。だから、稀有な感染者がマスクを着けることで感染対策に成功した、という仮説はちょっと成立しにくくなります。<

再生産数を減らすためには、稀有な感染者からの再感染も防止しなくてはいけません。

もちろん、路上などのように他人と距離が取れるところではマスクを外し、室内などの三密状態の場所ではマスクを着用する、というやり方でも良いのでしょう。

でも、路上でマスクをしている人は室内でもマスクをすると思われるのに対して、路上でマスクをしていない人は室内でもしない可能性が高いのではないでしょうか。

私には、一般人にマスク着用の意味はないとする欧米の常識(これをWHOもPRしていた)が問題で、(アベノマスク配布発表と同時期の)4月初めのMITの飛沫飛散に関する研究結果とこれを受けたWHOの判断変更が(3月の欧米での大流行には)手遅れであったことが決め手であったように思われます。

これが、すぐ隣の中国での感染拡大に緊張感を高めていたアジアでの感染拡大が大したことのなかった一方で、ヨーロッパで大規模な感染拡大が発生したという差に決定的な影響を及ぼしたのではないでしょうか。

この仮説が正しければ、第二波は少なくとも欧米では大したこともなく済むのではないかと思います。最初からちゃんとマスクを着けた場合、ですけど。

3 thoughts on “岩田健太郎氏の6/23付けBLOGOS記事「なぜ、国ごとに差が出たのか。そして第二波がどうなるか」へのコメント

  1. mi.mino

    人種差別の本当の意味、利益というのはこういうことだ。
     つまりマスクをアジア人の馬鹿な試みとせずに、きちんと西欧でもつけていたら、これほどまでに広がらなかっただろう。
     欧米は自らのアジア差別の報いを受けている。 
     たとえば日本はパンをプラスチック袋に入れている。
     欧米は環境を意識して、そのまま店頭に出している。
     環境(笑)である。
     日本人の衛生観念はやりすぎではない。断じて。

  2. mi.mino

    >>ですから、マスク着用の有無がコロナウイルス感染対策の成否を分ける一因になっている、という仮説は説得力があります。

    >>ただ、ぼくは若干懐疑的です。

    岩田氏の勝手な思い込みで否定してはならない。
    仮説の方で有効性が認められているのだから、当然有効なのだ。

  3. mi.mino

    >>私には、一般人にマスク着用の意味はないとする欧米の常識(これをWHOもPRしていた)が問題

    その通りですね。

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